府中駅徒歩5分(多摩地区) NPO法人フリースクール多摩川 不登校支援
                         育児、学童保育、児童養護施設など集団の中で悩む子どもを見てきました。疎外感を持つ、空気がつらい。発達障がいや心的ストレスを理解してもらえない。皆、居場所や仲間を求めてます。 府中市府中町2-18-17。℡042-319-0408。http://freeschooltamagawa.net。リンクからも行けます。

残念な内申書(現在の教育システム)

今回はとても残念に感じた事を書きます。

登場する先生や学校を批難するものではありません。
現在の教育システムの限界を感じた気もするし、同時にある部分ではそれも
社会ルール上、仕方ないのかなとも感じたことです。

私の思い込みや勘違いもあるかもしれません。
だけど、私の周りの人間は「残念だ」と思ったことは事実です。
「中学の途中から不登校だったが、なんとか試験だけは全部、別室で受けた。」
「必要以上に集団管理がきつくない高校を選び、また登校にトライしたい」

そんな子どもの気持ちを支援する方法が、画一化されたものしかない?
それには限界がある?うーん。

重複しますが、先生方はそれぞれいろいろな工夫対応をしてくれました。
それでもこうなったのは何故なのか?今後はどうしていけばいいのか?
などなど皆さんにも考えてほしいので、(ブログは日記でもありますので)
ここに経緯を書きます。

普段、懇意にしてくれている(うちの生徒の)学校長、教師、教育センター、議員、
フリースクール、行政、マスコミ、一般支援者、保護者にもお伝えして、
皆さんの知るいろんなケースを情報提供していただきたい、
皆で考えたいと思った次第です。特に現在、中1,2、小学生の生徒にはすぐ
に直面する課題でもありますし、また、すべてのフリースクール等に通う
不登校児童の進路の可能性に係ることだと思うんです。
(必ずしも既存の学校に通う事がベストではなく児童が選べることが、
その選べる状態にしてあげる支援が必要)

では経緯です。
A君中3男子。
中2半ばから不登校となる。
フリースクール多摩川に入会。通信型、通学型、一般高、専門校など、
自分の性格に合ういろんな形を視野に入れながらも高校は行きたいと思い、
スクールで学習はしていた。
中2後期、スクールは所属校の校長先生、教師方と話し合いを重ね、
ほとんどの生徒が出席扱いである旨、理解を求める。
同時に本人や親御さんも学校と相談を重ねてきて、晴れてスクールでの活動を
出席扱いにしていただく。特に担任先生は常に親身になってくれています。
また、高校受験に際しての内申書も考慮、本人が強く望み、定期試験は別室で
受けるような対応をしてもらえることになる。

この際、音楽美術技術体育は通常授業での成果評価科目なので
なんらかの特別な策をお願いするも、現行では無理とのこと。
(何らかのと言うのは例えば、通常授業で課した作品をスクールや家でやって
提出して評価を受けると言うものです。体育ならば時間外に体力テストとか?)

さて、中3後期、志望校も決まった。内申書も必要な高校だ。
この子はスクール終了後に個別学習塾にも行きだし、学力点は合格ラインに
持っていきました。あとは内申に最低点の1がなければOKだ!

結果がでました。美術と音楽が1です。
確か筆記試験だか宿題だかは出していたんだけどなあ。
しかもこの子まだ通学出きていた中1では絵が得意で
3か4もらっていた筈なのに・・
同じような実技科目でも体育と技術は2です。


どうしてなの?どんなに成績が悪くても出席してれば2じゃないの?
スクールの活動をもって教育とみなした学校が出席扱いしてくれたのに?
そもそも教育って自分の範疇にあるときだけ係るものなんでしょうか
子どもの未来のためにあるもの、その過程にある大人なんて肥しで
いいんじゃないかなあ・・・


と興奮して書きましたが、確かに角度をいろいろ動かしてみると
この結果はおかしくない部分もある。これは個々の人の問題では
なくてシステムの問題です。

特に人とのかかわりで「大人のお約束」「俗社会のお約束」がつらい子に
とっては厳しいシステムあると同時にそのシステムは(つまらなくても)
現実社会では役立ってもいます。それは「なんでもかんでも特例はまずい」と
言うことも表している訳です。ここは難しいですねえ。

ひとつだけ言えることはこの生徒は先々、大丈夫です。
最近は高校通学を意識して中学で過ごすトライも始めています。
たまの学校ではひたすら我慢、黙って過ごしつつ、かたや日々
學校外でバイタリティーある生活、これをおおらかにやっています。
その経験は何かに出ますので、結果、スクールでは慕われ度1位です。
今は本人の落込み度はすさまじいけど、どんな形かはわからないけど
きっといい未来で過ごします。我々もずっと一緒にいたいです。

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大切な大人との関わり

いつもは「生徒たちにテーマは多い」とか
「社会性、自己認知、耐性などのアップは子ども通しの世界で得るものだ。」
と言わんばかりの説明をしていますが・・・・。

これとは別に「大人との関わり、特に家や学校でなかなか見えない
世界を漂わせてくれる大人、その切り口の違いからなんか信頼感を持てる大人」
との関わりも児童の社会性、発達成長にすごく貴重なんです。

スクールに今居るスタッフやボランティアさんはまさしく、この役割を担っています。
こう言い切れるのは、随所に子供たちの「良い表情」「いい動き」「いい気づき」が
出始めていることが見えているからなんです。

例えば、昨日の様子。

Jは中高生が音楽練習している場でニコニコ見ていましたが
私が「この曲の詩を書いてよ」とふざけた感じで話しかけると
「えー!」とにやにやしてました。Sが「Jは歌う方だよ」と
言うとまた「えー!」と笑っていましたが、まんざらでもないのかも。
とにかく本心は分かりませんが、穏やかなニコニコなんです。

Kは、ピーが通りかかる犬にほえ続け制止を聞かず
「まったく嬉しくなると、限度がない、うるさい、止めても聞こえないんだよ」
と私が愚痴ると「俺と一緒だね」と笑って話しています。
聞いて居た、他の児童は「あはは。分かってる」とばかりに
笑っていましたが、Kの性格の良さを知っている、いいところを認めてる、
と言う感じでいい雰囲気でした。

Mは私とYがパソコン2台で同じゲームを競争している場で
極めて中学生らしい口調でアドバイスをしてきています。
なんだか意味深な説明ですが、児童は誰もがゲームでは
自分を通し過ぎたり、おせっかい過ぎたり、逆だったり
なる傾向がある中で、役立ち方、関わり方に節度が出てきたのは
各自の成長なのかと思うわけです。

ここまで特に小学生たちはボラMOさんが工夫して「社会性」を教えたり、「物の節度」、
「ルール」について窘めたりしていることを、割と安らかに受け止めているように見えます。
これは彼女が、個別に付き添っているような形も、離れて見守っている形も出来るし
引っ張る事も誘導することも、子どもを困らせないでやれるように考えているからです。

またボラT君も万遍なく児童と関わりができる人で、ふんわり安心感を与える素養があり
Yと小説の話を延々してくれたたり、THと話す中で学習のポイントを自然に気付かせる
ようなこともしたり、SKとは(目下のフォローをする役のSKの思いを汲んで)いかに
良いことをしてると認めているかを伝えているような話し方ができています。

それぞれ、児童にとって得るものが大きい、触れ合って良かったと
後々、子どもが思える人達なのでとても貴重です。

いつもは今日書いたようなことを細かくは報告していませんが
こうしたシーンもたくさん出て来ています。
また大人も日々このような子どもの様子でやりがいを見出しています。

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こんな時くらい考えて動いてよ!と思うでしょうが

今回書くことは、私が自分の子ではない児童を家族的に育てている世界で
これまで何人かを見て来て、少し思い込み傾向もあるかもしれません。

でも施設、学童、スクールなどで教育保育をしているうち、やっぱり多少は
言えているかもなあと、よく思っていることです。

「こんな時くらい気づいて?考えて?こだわらないで?動いてよ」
「失敗したら、周りを困らせたら謝ろうよ」


子どもの行動で人をこんな気持ちにさせることが、
家でも保育教育現場でもあります。すごくたくさんあります。
ここで「子どもが期待通りの反応をしないと大人は友達は焦ります」
どちらかと言うと、投げ掛けた要求と噛み合わない反応が出ると
「え?」になりがちです。

ただし、「場を感じてなかったので反省」「ごめんね」と言う反応が
瞬間自動スイッチでとれる子を見ても(場は収まるから見逃されがちだが)
「え?」と思わされます。

なんとなくなんですが・・・・
前者はその時は壊滅的に見えても、月単位年単位と言うスパンで考え
結果を振り返ると、子どもの行為は整合性が見えなくても、時に何かを体内で
発生していたり、痛みを感じていたりしていたんだなと思う時があるんです。

後者は刹那には教科書的にいいんですが、後々、もろいんです。
(弱いけれど矛盾もあるけど、望みや小さな自信も密かにある)
そうした自己を見ていないで進む傾向が残るんです、おそらく。

確証はありませんが・・・
後者は例えば。
児童養護世界では(親の愛情が薄い、逆に愛情倒錯、過剰など)の
影響で「とにかく教科書通り」のスイッチ反応の子は多いです。
まあ、人不信、自己肯定薄いなどとも言えます。愛着障がいと言う言葉まで
説明に出るのかは微妙ですが、私自身も養育中は「気落ちすることが
少なくなかった」ことも同じような点かなと今は思います。

前者は
「愛されてる感は満点」です。
ただ、それをなんて言うのでしょうか、後ろ盾、安心材料にし過ぎる?
(本当は違うんだけど)わがまま、幼児性、周りを振り回す、便利に誰にでも
甘える、利用する、すり替え、言い訳ばかり、無視する等々、
悪意にとられかねないものは目立ちます。

でも冒頭に書いたように、成長するなかで同じような所作をしていても
何かは経験、考え、認知していくものがあるようなんです。

たぶん、とても長い時間を要することが多いので、人と関わる、集団に属すと
その開花よりも先に、困り行為の責めへの対応が子どもに求められがちである。
これが現実です。親も教育保育側もこれは無視できないので、勢い、直近の事態を
どうするかに着目しがちなのはつらいところです。
(正直そう言う時には、タイトルのようなこと過ります)


でも、一見、おかしな言い訳、無視、すり換えばかりに見えても子どもは
真意を伝えたい、どう言えばいいか分からないものでもある。
時間はかかるが、回り道だが、必ず子どもが自分でもがき考えたことが
財産になる事は分かってあげていたいと思います。

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お初(こう書くのかな?)よろしくね!

NCM_2967.jpg NCM_2975.jpg 
ぴーのトリミング、夏の終わる頃に行く予定が、こんなに寒くなった今に
なってしまいました。風邪ひくかなあ

だから何?の話題ですが・・・
生徒たち、喜ぶもんで・・

カット前のピーも貼っておきます。最近はカンの方が人気出てきました。
なんでか分かりますか?皆が性格を見るようになったからです。(もちろんピーも愛されてますよ!)
NCM_2786.jpg

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遠足 全員参加希望!は良い傾向、楽しみですね

NCM_2959.jpg だいぶ前から騒いでいますが 
 遠足、12月8日(火)に決まり。
 
 これは誤解を招きそうな
 説明になりますが・・・・

 これまでイベント等は
 個々の事情、気持ち、タイミング
 などもあり、たいがい全員参加に
 なっていません。もちろん
 それも自然、問題ないとすることが
 スクール価値でもあります。

 でも、まあ全員が「行きたい」と意思を示したことも嬉しいものです。
 少しこじつけ的解釈をすると・・・
 場や仲間への安心安定が増している。
 内容イメージが少なくてもいい、まずは集うことや動くことを自然に思う
 怖がらなくなった、そんな子が増えたのかと思います。
 これは落ち着いている年長、先輩児童の影響をうまく受けていることを
 表しているのかも知れませんね。

 さて写真では見づらいのですが
 ①深大寺とよみうりランドジェネレーション
 ②宇宙航空センターとよみうりランドジェネレーション
 ➂よみうりランドジェネレーションのみ

 これを最終アンケートで選びます。
 今のところ2が多いので社会科見学っぽい。(しめしめ)
 2は比較的、スクール生徒の多くのタイプに言えることなんですが。
 「将来関わると集中できるだろうな。余計な人との関わりが重要視されず
 それより絶対結果と目的が見えるものに取り組むこといいんじゃないか?」
 そんなエッセンスもあります。楽しみです。
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親は正直な気持ちを隠さなくていいと思います

一昨日の続編?みたいな持論を書きます。
この内容はこれまで私達自身も「どうなのかな?」で揺れるテーマです。
また、複雑な思いでいろんな対応、表現をしている保護者さんには
「そんな短絡的なことではないです」とムッとすることがあるだろうとも思います。

さて、単純に「不登校」「学校に行っている」だけの2つしか表現がないとした場合、
スクールや施設では「初めは学校」遠ざかり「フリースクール等」再度「学校」と
育み場所が推移する子ども達は(あくまで経験感覚で)たぶん3,4割はいます。
余計な事言うと、その後また学校から離れる子も時には居るが、それも悪くはない。

いろいろな経過をたどり、初めてスクールに来た親子さん、入会したお子さんは
これまでに、多摩川でもそれなりの数になります。

その中の何割かの親御さんは「我が子には学校はあわない。ここがあって良かった」
「ここで自分のペースで自分らしく生きればいい。学校なんてお仕着せの枠を強いる、
はっきり言ってこの子には害だわ」と言い切ります。確かにシステム的にはその通りと
思える所はある。
でも、どこかで、聴いて居る私達は違和感をもちます、「うっ!」となります。

それで・・・
子どもが安心、自己だしをしてくるとその中には勇気、耐性、自己感知みたいなものが
芽生える子がたくさんいます。学校に顔出してみようと動く子も少なくありません。
スクールの運営維持などとは別の次元で言いますが、とても良いことです。
ある部分、これがスクールの意義でもありますから。
(学校に戻るのか、新たなやり方でいくのかそこは自由だとは思いますが、どちらを
選んでも子ども自身に過度な不安がない状態になってることが一番かなと見えます)

さあ、それで学校にまた行けるようになったとき、親御さんの中には
「やっぱり、学校に行かないとねえ」「基本だし・・・」と言う人もいます。
それが何故か、2段落前に書いたようなことを言っていた人だったりします。
ここで私達は?と思いつつ微笑みます。

(こうならない人の方が少ないのかも、例えばよく親の会ブログに記事を書いている
保護者さん方は比較的こうならないですが、実は昔は違っていたと笑っていました)

でも。多くの方は両極端に話したとしても、補足的に子どもが変わった、
子どもが選んだからことを尊重しているとも話しますので、私達は安心します。
子どもの状態に応じて。親が両極端に、時に反対に表現することは
そんなにおかしくないと思うんです。
子どもにも私達にも、そんなに不思議には感じないんです。

あるレベルまでは親は子供に正直な方がいいんです・・・・・。
子どもを本当に愛しんでいますから。
親には本音がある、同時にうまく行かない時ならではの対処表現もある。
それらが自覚出来ている限りはいい。そういう時には周りにも子供にも
その真意、本音、誠意がほどよく見えるわけです。

でも時折
「あなたが納得するためだけ?」
「本当はこう思うけどまあいいよ、任せるよで済ませず強要するんですか?」
「自分の揺れを抑えるためにきっぱり言い切るんですか?」
「なんで親として正直になることを忌むのですか?実際は子どもに
○○に決まっていると高圧的にしているように見えますよ?」
「本音を隠そうとしすぎで、却ってそれがにじみ出てません?」
「刹那に自分のプライドみたいなもの出してません?」
と見える人もいないことはない訳です。

ここまで来ると様相は「子どもが悩みもがく」そこに対する支援理解がメインなのに
保育側は「子どもの状態がそれに影響されがちな、親御さんの言動」に着目し始めるわけです。

当然、親御さんは本音と建て前はあるが
「本音を言ってしまうと傷ついている子どもがもっと悩むだろうから」と気遣う愛情をもっています。
でも前段に書いた「過度な本音隠し」になっているとき、なんと言うか・・・
子どもは余計に申し訳なさ感を募らせます。(態度はそう見えなくても)

ごくたまには、親御さんが私たちに対して気遣いが過ぎるから?と思う時もあります。

なんともうまくお伝えできないでもどかしいんですが
可能な限りは正直でいることは大事なんじゃないかなあと思うんです。

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保護者さんの複雑な思いはひしひしと感じますが

これはひとくくりに書くと、誤解が誤解を生むことになりますが。

「スクールや児童養護世界で見てきた子供たちの中で多い傾向とその改善ケース」と
「そこに到達するまでの保護者のやるせなさ、もどかしさ、申し訳なさとの戦い」
の持論を書きます。
あくまでもすべての子どもに該当する話ではなく複数例が似ている話です。

(念のため)(ある面では)の思いも、付け加えが入ると予想しますので長くなります。
なので結論を先に書くと保護者さんは保育側の「まあお互い様だから」と言う励ましを、
「今の子どもの状態や、子どもと相手の今の困り感だけを指しているのではない」
「もっと長ーいスパンでいろんな仲間行動を通して、変化するのはお互い様だ」
と言うことを知っていてほしいなと言うことです。

そんな事はわかっていますと叱られそうですが、やはり人間いろいろ考えてしまう。
「申し訳ない」「でもこの子だけ悪いの?」「無理なのかしら?」「なんで?」
「もどかしい」「切ない」「保護者がいけないの?」「別の保育できないの?」
「いつまでも変わらないじゃない!」なんでも過りますから。それ自然です。
でも「子どもよりせっかちに、こうあるべき、この方がいい、白黒な感じで保護者が
表情に出す」と子どもには良くないことは見て来て実感していますので
ついつい、こちらもこのように言ってしまいます。

さて、学校等で困り感を持つ子ども達は相当な数に上ります。
集団生活、対人行為、規則生活の中では被害者にも加害者にも例えられがちです。
これについては際限なくなってしまうので、いずれ書くとして・・・。

いずれにしてもスクールや保育施設にその状態で来た子はある程度は
傾向が似ています。
もともとは皆、人好き、お人よし、平和主義、平等主義です。純粋です。

でも「そこまでやると害になるレベルのしつこさがある。過剰表現、違和感を持たれる
表現がある。人へのへばりつきが極端、その相手に自分予測で動くことを求めすぎる。
場の変化応用を怖がる。ひたすら教科書みたいな良い子を演じる。 意思をださない。
意思が自分では分からない様子。周りに分からないこだわりを持ち、
場でそれをコントロールする方法が単純、幼稚に見られる。」などなど。

特に新たに入ってくれば緊張不安、高揚もありますので顕著になります。 
スクールでもそうなんだから、学校ではもっとつらかったのかも知れません。

またそうなっているときに、ほのめかし、注意などを受けるが
たいがい、「自分がそう見えることは」認知、比較できない傾向があるので、
程度や表現を直そうよと言われているだけなのに、長所を否定された気になりがち。
ここ保育側が見逃し、治らないからと指摘を強めるだけ、強要して行くだけだと、
子どもは自己否定の沼に入るか、子供も他者に条件反射強要することが増える様に
見えます。

この原因について発達障がいみたいなもの、母子相互依存からの幼児性、
なにか認知、感覚的なボーダー傾向、大人のこうあるべきの圧力で?
すごい不安症、そううつ傾向になった。思春期への揺れ。もがき。
なんでも当てはめられそうなくらい、めずらしい状態ではないんです。

また、今、落ちついている子どもにも初めのころに同じような傾向があっ
た例は相当数あります。それが今は改善しているわけです。


これは噛み砕いて、何度も、その子供にあった伝え方で教えていくことが
肝心で、時間制限や他者との公平性のを無視できない、
集団管理の中で一番難しいものです。でも絶対に必要です。

また、これと矛盾したようなことを言いますが、改善していくのは理屈で
分かることではなくて「本人が安心していくこと」「我慢や決まりを自然な事と
して思えること」「程度を無意識の中で他者と比較、調和すること」なども
大きなポイントなので極端に指摘や窘めばかりが頭に残るのも
逆効果と言うこともあります。

ここがどの子も一番難しかったところです。

もしも、子どもが被害妄想だけ増して尚更、悪癖が強くなると・・・。
学校、スクールでもつらくなり、いよいよ
「大人が完全個別に近い形で子どもに関わる療育等」
「極端に子どもが弾けるものを無しにして、落ち着かせるやり方のSST機関」
つまり「自然に協調共存する場ではなく制限付きでの子どもどおしの関わり場」
のような世界でしか居られなくなってしまいます。

でも子ども達には「良さを削って落ち着かせることはしない方がいい」
元のいい性格、気質があります。能力もあります。

だから「保護者として申し訳ない、やるせない、もどかしい」と思いすぎないで
「今は▽だけど○のために耐性を育んでいる」ように考えてくださいね?
「子どもがものをみる、ひとをみる、意思を出す、共存する、自己評価する
そのためのオリジナルの物差しを得るための日常だ」
「実際(時間差は人によってある)良い傾向で表れた子の方が多い」です。


本当に長くなりました。
うまく伝わったでしょうか。

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自分で決めたルールを意識することが社会性に変換していく・・学習時間

NCM_0666_20151113115747f61.jpg  これは私達の甘さも再認識しながら
 の説明ですが。

 スクールの時間割では 
 午前「学習本読み時間」としています。
 
 自習型、個別指導型は選べる。
 自分のペースで良い。
 疲れたら本読みでも絵描きでも
 何もしなくてもいい。

 (不登校)やっていなかったこと、知らないこと、忘れかけていることを学習する
 あるいは、分かっていることだけど、それを復習してまず安心したい、
 本を読んで落ち着きたい、絵や工作などしていたい、ボーとしていたい、
 大人が想像すれば、いろいろあります。 

 ただ「学習等に関しての教える、見守るはするけど、それ以外は大人は相手をしない」
 そう言う時間です。言い換えると「子どもが自分で決め、過ごす時間」です。

 これがなかなか厳しいようで長い道のりでした。(まだまだ道の途中)
 当初は「やりたくない」「スクールは遊び中心のところ」「家でやってるからいい」
 そんな思いも子供たちに多く、律儀に早く来る子はこちらの投げかけたコンセプトは
 嫌がり、学習等以外の対応を求めてきます。そこをコントロールしようとすると
 今度は午前に来る子が減ります。一時は誰もいなくなりましたよ?。

 そんな時は「一律の形を強要してもダメだ」「間接的に学習になれば一般的な
 目では遊びのようでもいい」「家から出て朝から通う事に意味がある」と言う、
 (それも確かなので)大人も折れかけました。

 今はすこしづつ、改善?してきました。午前は遊びを求める子はいません。
 各自、冒頭に書いたような午前の過ごし方が出来ています。
 これは「学習等をする子が増えたから良かった」わけではありません。

 午前の「学習本読み時間」についての本当の狙いは?と言うと変なんですが
 子どもが自己責任で来る、つまり来たらばルールの中で過ごす、場を壊さない、
 自分都合を通さなくても我慢して工夫して過ごせる、もっと言うと・・・
 
 仮に退屈でも、それを社会的バランス?損得?も加味して感じられて、一概に無駄だと
 は思わなくなる感覚を芽生えさせたいわけなんです。
 これが子どもの育みでは将来のための必須要件なんです。

 
 大人の世界でも「退屈、意味あるのかな?表面的?場を維持するための方策?」
 こう感じることがあふれています。個人個人が感じ方、感じるポイントが違うけど。
 社会で自分らしく、煮詰まらず生きていくために前段の感覚は養っていたい所です。

 もちろん、午後からの遊び、運動、知的ゲーム、TVゲーム、子ども会議なども
 それらの育みに役立つことですから、午後から来るのも自己責任、安定、
 と言うか、子ども達の意味ある行動かと思います。

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無意識下で協調の感覚会得

NCM_2953 (1) NCM_2952 (1)
 本日は雨の為、外運動は無理。
 そこで100均で買った卓球に挑戦しました。
 皆、はじめはあまりうまく行かず、球が飛び交い床に落ちます。
 それをピーがダッシュで加え、噛み砕いてしまいまして「ああ残り少ない」
 「お前はもうダメ」と机の上に居させることにしました。

 だんだん皆、慣れて来てラリーになってきましたよ?
 よくよく考えたら、自分の位置からしゃしゃり出ないでペア相手とうまく協力して
 しかも対戦相手側ともいい感じでルールを守り楽しめています。
 なんて言うと生徒たちにはえらく失礼ですが・・・
 でも、見直したと言うか嬉しかったんです。以前とは明らかに違う子の姿。

 認識や処理、表現、行動に癖があり、誤解されたり波長があわないと思われる
 結果になることも多かった子達、この子達を「守りたい」思いもあり、特性を理解して
 いろんな角度から支援しましょうと投げ掛けること多いすくーる・
 確かにそうです。それは必須でもあります。
 
 でも、そこだけではないんです。今回感じた様なこともえらく大事なんです。
 子ども達が状況や必要に応じて、無意識下で感性を伸ばして来ている、
 つまり自然な成長発達です。この種は各自がいろいろもっています
 だから、個別療育的?団体規範的?指導?自然?
 なにかに偏った教育保育では物足りない子が来るのが
 フリースクールなんです。

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親がアドバイスや参考本を、単にマニュアルとして受け取ると・・・

NCM_2941_20151107221057ea7.jpg カンはこうして、一番好きな家族が
 居ない時、普段その人が長く居る場所で
 うとうとしています。幸せでしょうねえ。

 でも、本当の気持はわかりません。
 この折り畳みベットが気持ちいいだけ?
 また、本当はいろんなところをうろうろ
 している時間もたくさんあります。
 
でも、まあ、確かにここに居る事は良く見る気がするし、確かにこの部屋の住人が
一番好きそうだし、そう思う私達が嬉しいし、そう想像されているカンも幸せなん
じゃないかなと。思いましょう。

さて、表題はスクールの生徒保護者さんのことではありません。
(スクール保護者さんはここしっかりされているので、子どもが時間とともにいろんな良化を見せています。自己出し、自己知り、勇気、仲間意識、気遣い、比較心、恥かき受け止め、家族認識、困り感を抜く感覚、人を段階的に信じる感覚、限界などなど)

スクールの子ども達は「親の愛情」をどこかで感じています。もちろん、すんなりではないですが。
元から親子は・・・・学齢期以降には子どもの様子に親も揺れます。だんだん、自分の常識、感覚が伝わらないと焦り、押し付けや先回りもする時期もあります。ボロボロだ。もうダメ。もう好きにしなよ。もありますよねえ。
「もう好きにしなよ」状態が一番子どもがぐっと前進するケースも多いですが、これはあくまでも、いろいろ親子で?もがいて悩んだ結果そうした場合だと思われます。はじめから「好きにしなよ」はちょっと違う結果になりそう。

いずれにしても、どこかで親の愛情、自分を案じていることは子どもは感じています。

ところがですねえ。同じように親子でもがいて来た場合でも結構、沼にはまってしまっている。
親子で共有できるものが薄すぎる(喧嘩だって共有できるものなんですよ?ただし母子分離できていない場合は違う、ここ要注意ですが)ような感じになっているケースも過去には見て来たんです。
その一つに「親御さんがアドバイスや参考文献、人の事例などを白黒でマニュアルと
して当てはめちゃう、自分親子の環境、状態、段階などを加味しないで、
そのまんまマニュアル行動しちゃう」場合があります。

何か子どもにするとき「マニュアル通りにしよう」とだけ考えていたら、
これは子どもは見透かします。
「親は世間の親をマニュアル通りにやりたいんだな」
「自分を都合よくはめようとしているな」と感じます。
こうなるとどうしても「愛情という価値観から親が動いているのではない。
親だからと言う世間的立場、世間的価値観で
動いている」ように見えてしまうんですよね。

まあ、本当はそんなに極端な親御さんなんていないとは思うんですが
でも、「ああ、お子さんを思う気持ちの伝え方がもったいない」
「逆にとられそう」と見える人も結構、見てきました。
愛情があるからこそそうなると言う側面もあり、とても難しいんですよねえ。
人間、そう簡単に世間呪縛から開き直れませんし、いわゆるマニュアル好きな人も多いから。

ですが、悩みもがくうちに「ああマニュアルは自動車や機械の場合には
白黒不変がいいけど、人が絡むマニュアルは利用、応用の仕方が違うんだな」と
感覚的に徐々に分かってきますので、そうなれば、今のスクール保護者さんたちの
ようになって行きます。


かなり上から論調で持論を書いてしまいました。すみません。
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自分の本当のニーズを言える子、居る?子ども会議

NCM_2940.jpg
 今日はたくさんの児童が集まりました。早い時間から学習本読みする子も数人。
 外運動時間にはバトミントンラケットが足りなくなるほどに。そこで皆でキックベース
 をやることにしました。
 
 コンセプトが個人の自由、(良い意味での)自己責任がすくーるです。
 このコンセプトは見た目は理想的だけど、皆で達成感ニーズには
 弱みがあります。

 「得意」「苦手」「好き」「嫌い」「得意だから苦手な人とは嫌」「苦手だけどやってみたい」
 「やってみたいけど人に笑われたくない」「苦手な人を馬鹿にしないけどつまらん」
 「やり方違うと言われるのが怖い」「やり方違うのに平気な人とはやりたくない」
 「適当にやりたい」「しっかりやりたい」「皆がやるなら入るけど」
 このような思いが渦巻いています。
 これらの思いは一人がひとつと言うものではありませんし。さらに
 誰と同じチームならいい、○○出来るならやりたい。合わせるよ。
 うんぬんもよくあります。

 よくある「大人のめんどくさい人関係の本音」と同じですよね?
 そんな大人が「皆で協調して健全運動を!」はなんだか恥ずかしいです。 
 でも、今回は皆、参加してわいわいやれました。 説明は省きます。
 
 その後、戻ってからは遠足決め子ども会議をしました。
 これも2段落前のいろんな気持ちがあるので、意見がたくさん出て、
 あるいは言えずに、なにしろまとまりません。当然なのかもしれない・
 初めに「こうあるべきを大人が示していない」から。
 でも、それこそが子どもには、体験してほしいことでもあります。

 結局は「○○だったらいい、嫌だ」には限度がありますので
 各自が自己責任でひとつの候補地に絞り次回までに投票することに
 しました。ここで皆が投票できるといいですね?
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プロフィール

とびたくん

Author:とびたくん
府中のフリースクール運営しています。児童養護施設職員、学童保育指導員、主婦、不登校ひきこもり経験者、保護者、元教師、大学生が仲間です。私も家族が障害に悩み不登校になった経験があります。「学校」に囚われず、フリースクールのほうが合う児童がたくさん居ると思います。学習、遊び、ゲーム、料理、イベント、わんこの触れ合いなど、安心できる場。同じ空間の住人と認め合う、何かしたくなる、知らぬ間にリズムや社会性が身につくのが理想です。安心や自信をつかんで復学した子もいれば、将来にむけて今はじっくり過ごしている子などさまざまです。自由です。皆で通じ合いましょう。
NPOフリースクール僕んち、NPO調布青少年の居場所Kiitos、NPOフリースクール全国ネットワーク、一般社団法人 発達心理ライフケア協会の皆様にご協力、ご指導いただきながら、生徒会員や保護者のみなさんと頑張っています。
お問い合わせメールはfreeschooltamagawa@vesta.ocn.co.jpです。

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