府中駅徒歩5分(多摩地区) NPO法人フリースクール多摩川 不登校支援
                         育児、学童保育、児童養護施設など集団の中で悩む子どもを見てきました。疎外感を持つ、空気がつらい。発達障がいや心的ストレスを理解してもらえない。皆、居場所や仲間を求めてます。 府中市府中町2-18-17。℡042-319-0408。http://freeschooltamagawa.net。リンクからも行けます。

初春のお出かけはどこへ?自分基準で判断しない事で、何に触れられることもあるし。

NCM_3202.jpg 唐突ですが。昔、関わっていた児童たちに
 「テレビのびっくりネタを紹介するバラエティ
 番組、ゲストに出ている人達のリアクション
 を見てどう思う?」 と訊いた事あります。

 答えは・・「大げさ、嘘くさい、うるさい、
 結論ありき態度が番組の窮屈感にでる。」


 私「そうだね。通販とかもそうだよね。
 見てるこっちが恥ずかしくなるよな」
 「じゃあ、ああ言う役の人は不要?」 とさらに投げかけると・・・・・

 これはいろいろです。
 「邪魔なだけ」「大げさにしなければ居てもいい」「わざとらしい驚き態度しないなら」
 と言うものから「大げさが必要なんでしょ」「普通に感想を言うと場がしらけるでしょ」
 「本当に驚いているのかもよ」「馬鹿じゃないの」
 「確かに、司会者だけ居てネタだけ紹介しても、たぶん寂しいのかも」
 「意味ない態度でも、番組は明るくはなるか・・」「それでも楽しい人も居るか」
 などなど。

 さあ、高校受験も終わりました。
 そろそろ、お出かけイベント先を決める子ども会議をしましょう

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少年期、大人が先々を期待する「いい出会い」。でも?割と・・・

NCM_3238.jpg よく見えないでしょうが。
 今日は近所の6.7歳の
 子たちが一緒にビニール
 バット野球をしました。

 スクールではこれまで
 同じ公園で毎日運動して
 いますので近所の小学生、
 幼稚園生が一緒に遊ぶことはたまにあるんです。

 こんなちび達相手なのに緊張して?、いつもより静かになってしまうとか、 よそよそしく触れ合うケースもあります。 一瞬、「え?そうなるか!」と残念に思うかもしれませんが、 実はこの傾向は少年期青年期では(ある意味では)成長段階では普通と考えています。

 そうは言いながらも、スクール生徒は純真で人がいいので、態度とは裏腹に表情にニヤニヤが出たり、少し、身体がはずんだりも多いです。また、例えば今日など、中1のSH君はにこやかにちび達に話しかけ、教え、お互いが楽しくなるように、気を使えています。 ちび達のためでもあるけど、SH君が自分の気持ちを表現するため動けたとも言えます。
 
 出会いと言うものはいつも偶然であり、再度あるかは確約されていないこともある。
 じゃあ、そうした出会いは意味ないのか?
 「私はあなたの○○です」「しかも継続的なかかわりをする予定です」
 こう言える関係になる出会いじゃないといかんのか?

 そんなことないですよね?一度しか会えなかった人から影響をうけることあります。
 出会った人がポイントでなくて体感した場面のなにかが先々、役立つこともあります。
 
 「人は社会に見守られ育てられてる」確かにそうなんでしょう。
 なんだって考えること、自分で学ぶこと、そのもとにはなるわけですね
 だから、スクールは定期的に外に出かける、町で人に会うを大事にしています。

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対応力、応用力、想像力が本当に弱いのか?

これは結構、「自閉スぺクトラム特性」「心的ストレス過剰状態」などが疑われる
お子さんを理解しましょうと言う時によく説明に出てくるキーワードです。
ここで、危ないのは「大人が子どもの対応力、想像力、応用力を一般的な子と
比べて、(極端な人は)応用、対応。想像能力が無いとまで思ってしまうことです。


確かに(私の文章でさえ)事象説明をわかりやすくするために、そう言っているような
文言になることもあります。だって、誰もが勘違いしないように説明すると、長くなる、
(相互作用で論点と別の事象も頻発するので、それも誤解なくしようとすると)
いろんな言い方が必要だ。でも、それはこの方面の勉強をしている方しか分からない。
で、短く要点だけ説明すると「彼らは応用、対応のスキルが弱い」みたいな言い方に。

だけど、違うんです。
一般的な発想をする人が「これが自然、そう対応するべき、こう想像する筈」
「そうでないとおかしい」「なぜそんな?」「不便だろ?」のように見るときに
「そのお約束常識に合わせた反応をするスキルが弱い」と言うだけです。

だから、昨日のブログに書いたわんことの関係などは、こうあるべきを私たちが
示していないから、各自、応用、想像、対応をしてるんです。
各自のオリジナルティでわんことの仲を表現できているんです

NCM_3236.jpg 今日は説明すると長くなるので
 省きますが、独自性いっぱいの
 ドッチボールを皆で考えだし、
 皆のルールで弾けています。

 「こんなのおかしい」 
 「ドッジはこうでしょ?」 
 「基本に合わせなさい」
 

 これがないから、公平な面白い、皆で理解しあう形が出来上がっています。
 つまりは応用や対応に「常識?」の足かせを強いなければ、 見ている私に
 微笑みや納得が生まれる、生き生きとした皆のオリジナルお約束ができるんです。


 もちろん、社会生活すべてがこれで行けるわけではない。
 だから、大人としては「まあ、意味ないと言わず」「後々楽だからさあ」と言う
 「一般的な行為を違和感なく表現できること」もスキルとして高めたい本音も
 あります。ここは出し引きです。正直、私達も親御さんも「こうすればもっと楽なのに」と
 うっかり思ってしまうことも、くりかえします。

 そんな時に、ここに書いたことを思いだし、まずは出来る限り無理しないで、
 子ども本来の応用、対応スキルを使って、生き生きできる方法も常に一緒に
 考えてないといかんなと思うわけです。
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大人は決めつけられない子どもの自然な気持ち、気ままに見えるのは錯覚です。

NCM_3235.jpg 最近、家の猫、わかめは・・・・

 ねこ侍と言うドラマの中で
 主役猫、たまの丞がアップになり
 にゃあと鳴くと、猛ダッシュで
 やってきて、会話します。

 残念ながらねこ語がわからない
 ので、会話内容不明です。
 でも、これが楽しいのなんのって。
 私たちはとても幸せ感を持ちます。

 猫と言えば犬、スクールに通っているのは「かん」と「すてぃんぴー」です。
 キツネみたいな、柴みたいな、某携帯電話犬みないなわんこは「かん」です。
 これが、気が小さくて、生まれて保護されて3ケ月後、我が家に来るまでに
 何かあったのか分からないが、何かに焦り、軽く人を噛むことがあります。

 これは歴代の生徒はほとんどやられています。
 だけど、結果的には皆、かんを可愛がり、独特の仲間感を持つんです。
 
 ご存じの方も多いかと思いますが、なにか発達障がいのようなものとか、心的ストレスや人不審のような感覚を持っている子は、 割と動物が苦手とされています。でも(これまた多くの方がご存じのように)それは間違いです。この子達は、確かに「予測でき な いことや経験の無い事、形が先に示されないことへの不安感で」必ず動物は嫌、怖いという事もあります。スクールに来ても押 入れに籠っていたり、友達に守られながら過ごそうとする子もいます。だけど、だんだん、同居しているうちに複雑と言うか、独自感性と言うか、そのようなものが動物とマッチングすることを気づくんです。いわゆる自然(素)で関われるんですね。特に変調と言うか不安感情を持ちやすいかんに対して、思う所があるみたいです。ここは興味深いところです。

 これが枠思考で(常識思考で)「動物愛護精神でこう関わる、こう癒されるのが本来なんだが、うちの子はそれができないんです」「怖いそうです」と、見学時点で言う親御さんもいます。その時私は「そりゃ経験値が無いなら怖いでしょう。あるいはトラウマもあるでしょう、でも人も動物もそれぞれ個体差ある、出会う形もいろいろ。それは子供さんが来て感じること、考えることですよ」と喉まで来てます。まあ子供さんのことを一生懸命に考えればこの親御さんの先回りや代弁はもっともなんですけどねえ。

これらはわんこに限らず、対人や自己行動などでも同じなんです。お子さんが悩み考え見つけることであって、それを心配して先回りして動くと、結局「親の枠」「親が知っている世界」の中で動けと子どもに言っているようなものなんです。
今のスクールの保護者さんはそれが分かっているから、子どもがわんこに噛まれても怒る人はいません。

すみません、最後は言い訳でした。でも皆、かんを大事にしてくれてありがとう!奴にとっても家族だけでない関係性をたくさん持てた、そこで大丈夫になったことは、とてつもなくいい体験、良い成長をしているんです。そしてそれを君たちは見て来たんだもんね

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家(うち)はおかしい、隠したいと思っていた、いろんな人から聞きます。

NEC_0027_201602201224443d3.jpg  写真は生後3か月のピーです。
 ポメヨン(ポメラニアンとパピオン)なのに、半年は
 痩せていて耳が垂れていました。

 今や耳は起ち、まるまるして予想体形の3倍に
 なってます。しかもうるさい、わがままです。
 でも、皆の癒し役にはなってますね

 さて、表題の件ですが・・・
 
 自分が成人するまで(してからも)
 気心の知れた仲になった相手だと
 大概の人から、この話題を聞くので
 「たぶんそうだろう」 と思っていることです。
 
 
 さらに、関わった青年期児童たちの様子で、そうした話題を出来るようになっていると
 「肩の力が抜け、素直になる、共存を苦にしなくなる、人を怖がらないようになる」
 ので「きっとそうだろう」と思っていることです。

 それは・・・多くの人は
 子ども時代「家(うち)はおかしい、人に言えない」と感じた事があると言う仮説です。
 本当に調べたわけではないので仮説としましたが、なんせ、この何十年の間で
 相当数、各人のこの種の話題に触れて、互いに笑い合っています。
 
 笑い合っていますと書きましたが、まだ笑えない年代もあります。
 家族に対して怒っている子、自分のせいだと落ち込んでいる子、
 (明らかにそれを気に病んでいる気配でも)口を閉ざしている子、
 さまざまです。その子の分析どおりなのか微妙なケースもありますよね?

 
 本来、人間は煩悩まみれで、矛盾をはらみつつ、清くもありたい、欲望も叶えたい。
 だから、裏表が出やすい。裏表にならないよう意識すると、曖昧で安心したがる。
 これは自然でもあるのかも知れませんね?
 
 でも、白黒要素しか判断基準がない年代では、そうそうは理解できず
 「自己の恥部」「諸悪の根幹」みたいな感覚で受け止めてしまうようです。
 実は私も青年期まで頑なに口にしませんでした。
 
 それが、時期が来て「そうか、皆そう思っていたか」「それが人の弱さ、曖昧さなのか」
 「忌み嫌うような事ではないな」「大人も大変だな」と言うようなことが分かると
 子ども(青年)自身の白黒思考や潔癖癖はゆるくなってきます。

 「明るくなる」「友を得る」「自分で動く」「許す」「甘える」余裕が出ると思うんです。
 仮説ですが、生徒たちも含め、皆を見ていると、きっと合っている気がします。 


 余談ですが。
 ちびまるこちゃんは家族の漫画。とても好きです。
 終わり方が「解決」ではない。でも。曖昧でもそれが安心、感じますので。
 
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「気を使う、人のこと考える」これ自分を怖がらないようになると、ぐんと育ちます。

NCM_3232 (1) これはスクールだけでなくて
 6年生まで来る学童保育、塾、
 児童養護施設の現場でも見てきたこと
 なので、少年期の児童全般に言えます。

 子どもは「自分のことを嫌じゃなくなる」
 「誰かに認められてる、好かれている」
 と思うようになると・・・・
 気を使う、人のために表現することが
 出来るようになってきます。

(一部の妙に大人に便利な、やたらに気のまわる子は別です。これはこれで先々心配。自分を好きじゃなかったり、不安感のごまかしだったりしますので。。いじめの加害側にされることも多いタイプですね。)

話が戻りますが「適度な気遣い、人思い」は、自分の為にも自然にそうしていると言うことが、なんとなく体で(頭で?)わかってくるわけです。つまりは、人と比べられるの怖い、見られるの怖い、自己否定、これらが減っている状態だと思うんです。

お子さんによっては、すごく時間がかかります。特に「自分は不登校だ」「不思議だと言われる」「なにが違うのか訳分からない」とずっと貯めてきた子。また、本人の性質的悩みではなくても「家は他所の家と違う気がする」(以下スクール生徒にはないけど世には多い)「なぜ叩かれる」「なぜ罵倒される」などなど、ずっと小さな体に蓄積させて来ていると、これは相当かかります。

でも、安心、自分信頼、人信頼への変換期が来ます。それ感じられる環境に居れば。
もちろん、スクールに関しても、それが実証されていると感じています。
大人との信頼も増してくるわけですが、やはり児童通しの関わりの中で各自が得ているものが大きいんだと思います。自分を怖がらなくなれば、見えるものが変わるんです。


だから、最近は児童から「今度いつ休むね」「自分は来週いつといつ来る」など、一般的に、集団が潤滑に動きやすい情報を言える子も増えています。一見、私達の為に気を使って・・ですが、それは子どもが自己存在感を得たからだと思いますよ。

余計なことも言うと、そこまで到達する前に「教科学習で自信を」「ゲーム三昧をセーブして」枠で先回りして対処しても、ほとんど意味はないとも言えます。却って子どもの自己否定を高めるきっかけにもなりかねません。
(むろん、子供によります、効果的な状態もありますので誤解なさらないでくださいね?)

この状態を見極め、順番を一緒に考えるのは大人の役だと思います。

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授業形式?でも安心、集中してる、意見を言える環境

NCM_3225.jpg おれんじ1

オレンジさんは日本で小学校教師に戻ります。
もちろん、その後もスクールにも顔出しはしてくれます。
金曜、そのオレンジさんは2年間教師生活した、マーシャル諸島を紹介する講義?をしました。生徒たちはかなり話を聞き、意見を言い、なごやかに集中していました。(カンもまじめでした)

自由でいい場で「子ども全員が集中して同じことする」のは簡単ではありません。
そう言うと語弊がありますね?「一律に、反応しなくても構わない」と言う共通認識がある場ですから。

でも、その環境こそが「皆で聴く、話す」を子ども全員が自然に選択する理由なんです。

1、(君の為)(やっておかないと困るぞ?)と教科学習をほのめかされるのとは違う。
2、(こう動くのが当たり前だろ?)と言うオーラがない。
3、姿勢や発言内容を非難されない。もちろん強要もされない。否定的比較されない。
4、皆に馴染みのない地域の題材なので、聴くこと、話すことに恐怖心がない。
5、教師役の人を気に入っている。


今回は馴染みのないエリアを知ることをコンセプトにしているように見えますが、実は
それを通して大人は「世界感を感じる、日本との比較からいろんな知識を得るような話」
も組み入れてます。
そこで、子どもは・・・まずは否定されないで受けとめられる自分の発言は嬉しいから
(子どもは、勘違いや思い込みの修正や知識アップも苦痛なくできるわけで)、
やはり学習なんです。

あるいは「もう、ゲーム解禁時間なのに、集中して、わいわい意見を言えている」のは
オレンジへの気遣いもあるかも。だとしても、これも社会学習ですよね?

今回、やや貧しい生活や教育制度が未熟なところがあるお国の話でしたが、
子ども達はその状況を見て、何か考えていたような反応でしたし、その国の子ども達の
笑顔にも感じ入っているようにも見えます。大人のひいき目?

この1から5は、スタッフのやっている、クイズ式お話時間とか、何かを題材にして
皆で話す時間にも共通していることです。この時も「ああこんなに集中する」「意見を言う」「明るい」「全員入り込む」とスタッフはかなり嬉しくなります。


もちろん、うまく行かず悩むこともありますが。これは断言できます。
生徒達は講義、授業形式を皆で関わることは好きなんです。
(イコール学校環境とは違うけど、子どもの未来に過度な個重視環境だけも禁物かと)


orennji2.jpg 時間の関係で最後は
 予定していた焼きそば調理開始です。
 予定していたと言っても1時間前に
 私だけが思いついたのですが。
 こうして、予想外のことへの
 反応も相当にスキルアップした
 集団になってます。
 
 女子2名と調理大好き人間MT君
 に任せました。

他の子もこちらに気が行ってしまうかなと心配しましたが、まだマーシャル話に集中していましたよ。
終わってからは皆でおいしく食べました。

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子どもにとっての良い出会い、本当は形は決まっていないんですが・・

今週はかなり悩みました。自分が結果的に人を傷つけた気もしています。
そんなことを考えているうちに、今日は眠れなくなってしましました。
あまりに紋々としているので、この際、ここに思いを書いてみます。

内容はボランティアさんを迎え入れる時の最近のスクールの考え方です。
読む角度によっては「こちら都合」「上から」「決めつけ」「失礼」な部分があると
思いますが、フリースクールと言う場の複合的な要素を含んでの説明だと
保護者さん、支援者さん、ボランティア希望の方にご理解いただけると幸いです。


ボランティアと言うものはむずかしいものです。私も若いころ、うまく出来た時とほんの数回で行けなくなった時がどちらも結構あります。それは仕方ないとも思っています。スクールにはこれまで100近い数のボランティアさんが来てくれましたが、継続できた方は2,3割でした。(継続できなくなった人の数割は就職に有利な実績作りの腰掛活動ですので、そっちの方が多くなります。ついでに言うと用がなくなるとぷっつり無反応になる人も多くて驚いています。最近の若者は・・・と愚痴りたい)

さて、本当は継続したくても、諦めた人の半分ほどに当てはまるんですが・・・
自分が来たからには?子供に何かと付き合わせていることに気づかない人、
自分のペースや動き方、信念?が役立つと思い込み過ぎて、それが目立つ人、
子どもより連日来て、自分中心の日にしたいように動く(ように見られる)人
生徒より自由、きままに動いちゃう人、全体の予定計画が馴染めない人
自己顕示欲強すぎで子どもが引いてしまう人、
などは厳しい結果になり勝ちです。

また、小中学校時代、不登校経験をしたボラさんが多くて、特徴的には
「まだその名残がある」「だから子どもが安心する。それがいい」人も多い、
これはとても子どもにとって良い事です。(相互安心、先輩の支援)
ただし、たまに度が過ぎる人も居て、その場合「生徒仲間ならそれでいいけど、大人の役じゃないよ」と子どもが感じてくるんです。
もちろん、スクールの大人もそう感じます。ハラハラします。そのボラさんがここで活動していくことで「対人関係や社会性を養っている、自分の居場所にしている」感じになり「生徒として会費貰わないの?」年長生徒やスタッフに素朴な疑問も発生します。そのような疑問は周りの何人かが感じますので、なんとなく本人は居づらくなるんですね。

私も「ボランティアではなくて青年会員として利用してくれないかな」と話したケースもあります。
なぜなら20歳で学校等に属していても、気晴らしと言うか居場所としてここを見立て会費を払ってスクールに参加している会員もいるからなんです。


ここが悩みなんです。前は「誰でもボランティアに来て」とがんがん受けていたんですが、希望者さんに事前に「様子を見て会員になることを勧めることもある」と話す方がいいのかな?でも、そんなの横暴だよな、と悩んでいるわけです。

ボランティア参加することで、その人が「苦手な社会性、表現、人との関わり方、感じ方」をスムースにして行けているのは喜ばしい事に違いないですし、生徒が「なんだか大人の役じゃなくて生徒と同じだよ」と思ったとしても、そのボラさんの社会性、規律性、人関わりがスキルアップしていくことを見ているのは子どもにとって学習ですし、そもそも、その人に似たような一面があることは子どもの安心感にも通じるんですねえ。

つまり「自分も不登校経験ある」「自分も人が苦手なので一緒に取り組みたい」と言ってくるボランティア希望者さんはとても正直で、とても子供にとって意味のある出会いになる可能性が高いわけでして、私としても最近は相当悩みます。

長々と後ろ向きな説明になってしまいましたが、なんだって種になります。
一期一会?わずかな関わりできなかった人の方が多かったわけですが、それでも
お互いが何かのいい要素も触れた、この先に少しは影響もあるかも知れない、
生徒や我々はあなたを忘れない。そんな風に考えてもらえたらなと望んでいます。

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感情表現に特徴のある子、感情そのものは純粋、何も問題はない訳です。

そんな事わかっているわと叱られるかもしれませんが、前回の記事を読んで
誤解する人が出ると困るなと心配になりまして。書かせてもらいます。

ええ、それはタイトルに書いたようなことです。
一般的に「発達障がい傾向に見える(もしくはそう診断された)お子さんが
感情表現に特徴があることで、人との関わりで困ることが多い」と紹介しました。

これは、あくまでも「感情がうまく表現できない、気づかれない、逆にとられる」などを
説明したもので。本来の感情そのものは純粋で喜怒哀楽がちゃんとしているんです。
感情そのものに問題がある場合は「発達障がい」「その傾向がある」とはなりません。


その感情を「包括的な分析感覚で」「複合要素のある場で」「場にあった対応処理方で」
「自己決断を」しながら表現することに難があることが多いだけです。
(こんなこむずかしい言葉で説明するのはまどろこしいですね)


平たく言うと・・
感情と行動が一致していないようにみられることが多かったりする訳です。
前回は、それに拍車をかけるような育成環境だと、子供も「それで自分は困らない」「不可思議でもないだろう」と過ごす、そうすると後で子どもが大変なんですと言いました。
だから私たちは「この感情の時はこんな風に動くと表現できる」「他の人にも個々に感情がありこう表現してる」そのような教えを一緒に考えたい、あるいは子どもが子供たちの中で見つける手伝いをしたいと説明しました。

スクールの火曜の風景です。
推理、比較、把握、裏表、人の様子分析、選択決断など通ずるカードゲームを集中してやっています。もちろん「笑いや冗談、不可思議感の無い競争、勝利感、敗北感」も表現できています。

運動時間は2ケタ人数で野球をしました。
これも同じです。30分乱れず、楽しく出来ています。とても安心していると、本当の感情が表現しやすいのかもしれませんね?


NCM_3219.jpg

NCM_3217_201602111305481cd.jpg
わんこがベンチで監督になっていますね。

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感情表現に特徴のある子、生活環境に怒りや批判が蔓延していると・・・

NCM_3217.jpg 「今日も終わったねえ。」
 まるでスタッフのような
 気分でまったりしている
 わんこ達です。

 嘘です。
 本当はわんこ達は
 スクールに遊びに来ている
 のであって、生徒の癒し担当
 の気なんてしてませんよ?

まあ、それでも多少は疲れることもあるようなので、週に1,2回は休ませてます。

さて、大人も悩みを隠さない方がいい(条件付きで)とよく言ってますが、それは
あくまでも物事に肯定的明るい、それで苦手なことも説明できる大人に限ります。

経験則であり、持論になりますが、いつも専門職の人とも同じような会話になり、
お互いに「そこなんですよねえ」となりますので、結構あっていると思う事です。

最悪なのは「すぐ被害意識をもつ」「大勢批判する」「他に攻撃的になる」
「やみくもに自己誇示する」「潔癖な正論ばかりで動(どう)がない」
こうした状態にある大人と共存する環境にある子どもさんです。
誤解の無いように補足しますが、そもそも人間はここに書いたようになることが
多い生き物ですので、特定の大人と言う意味ではありません。
私の家でもどなたの家でも、どこの場所でも、ふと、あることです。


さて、ある程度、発達成長出来ている子の場合には、その時に大人の
閉塞感や矛盾点に気づき、うまく合わせながらも、越えていきます。
当然「ああ今日は親は怒っているな、○○だからだな」「先生は○に
焦っているから、大したことでなくてもぶーぶー言うんだな」
みたいな感じもあります。

ところが、表現、気づき方に特徴があり集団で誤解されやすい子は
ここを「感情で理解」するよりも「慣れ」で習得していることがあるんですね。
「慣れ」という事は「理由から発生した感情」とは捉えていないんです。
その分、子どもが怒りや批判の事象のみをすんなり模倣して行くんです。
だから、大人は「たまたま怒ってしまった」「いつも周りが悪いなんて思っていないよ」
「ここはこう誤解されそうだったね」の類は言えないといけません。

でないと、子どもは友達、学校などの集団で誤解を招く言動をしがちになる。
そして責められます。でもその子は培った「慣れ」を自然に出しただけです。

ですので、我々大人としては・・・
明るく居続ける、子どもに対しても、世間?に対しても
否定的に言うことはしない、これ最低条件だと思います。
その上で子どもと一緒に「悩む大人」「共に居る大人」になっていましょう。

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大人も悩む。それ悪くない事、複数育成現場での具体例

スクールでは午前学習以外に午後2時から「何かしよう時間」を設けています。
もちろん、参加自由です。

クイズ式で常識や学習基礎になるものを得る、絵や工作をする、本を読む、
数字や推理、比較などに慣れるためのカードゲームをする、その他
自分の感じ方や考えを話す場のツールになることをする、などなど。
「絵に描いた餅」になる日もあれば「結構、活かせてるな」と感じる日もあります。

例えば、「クイズ番組、知識番組を見ながら話す・・・」割と食いつきがよく
「お?いい見方だね!よく知っていたね!」なんて大人の喜びがひしひし・・・

先週は2時にスクールに居た8人全員が画面前でそう言う状態になりました。
「おお。強制しなくても、生徒たちはこの時間に違和感をもたないようになれた」
これまた、大人は喜び、席を外して事務仕事へ。
10分後、戻ると場はカードゲーム(数字を使い計算、推理、比較はできるもの)
全員が輪になってやっていました。あはは。


他の事でもよくあるんです。本当の気持はわかりませんので、
私の感覚ですが8人中、6人は「このままでも楽しく集中できる」
または「そんなに楽しくないけど付き合える」「役に立つことも納得できる」
1、2人は「つまらんなあ」「何でやらされる」「なぜ横並びで」かと思います。
(役割は変化するが)この後者が「やっぱカードゲームしない?」と言いだせば
一気にカードゲームの方に皆が移るんです。

また、「カードゲーム(数字、推測、判断スピード)が苦手な子
にとっての「何とか入っているけど楽しくない感」も見え隠れして、
そっちのタイプの子たちはビデオの方が安心だったと分かっています。
ここで、「自由なんだからそのまま画面の方に居ればいいんだよ」と
言ってやりたいところなんですが、集団に居たい、楽しそうにやることの
あこがれ、優等生っぽい見られ方されたくない、なんてのもあるのかも。

これは午前学習でもそうです。
(自分の苦手な科目のことや、通常の対応されると苦しくなる性格などを友達や大人に
知られたくないとか、複数で学習する場は緊張不安過剰もありますので、もっと揺れます。本人が将来必要だと知っていると余計なります。

話がもどりますが・・・・そうなんです。子ども世界の常なんですが
強制ではないと言いつつも、「これやる時間と決めてあったよね?」
「ある程度は合わせるべきでしょ」と言うオーラを出す役が居ないと
こうなるんです。でも、生徒たちがおかしいわけではないんです。
自由選択を話してあるので、正しいとも言えるわけです。
むずかしいですよねえ。世の多くの人は「子どもの将来のためは甘やかしは限度がある」と
見ているきらいがあります。これも正しいんです。

よく、カウンセリングや関連本には特性のありそうなお子さん、ストレスの高い
お子さんへの対応、アドバイスが多く描かれています。
これらは基本「子どもを単体で分析してよりよい気づき、動き方」を
アドバイスしますので、分かりやすいし、即効性もあります。親も「わかった!」
ただし、それはお子さんの個人視点から見ての行動、考えアドバイスという事になりますので、学校はもちろん、スクールのようなところでさえ、個人視点が通用する事柄は少なく複数の考え、動きとの軋轢を感じるものです。つまりは、本などにある説明よりも
もっと複合要素がからみ合うので、それを加味して応用しないと立ちいかないのが社会なんでしょう。


自分の癖を知る、工夫を考える、比較を考える、節度を感じる、
多少は我慢して自己の必要を得る、人の権利を奪うまで自己欲求に走らない、
これらを集団の中で、自分独自のものを身につけていくことが肝心です。
その中には「悩める大人の姿を通して身につくこともあります。」
大人は子供が自分を責めるようなことにならないよう留意しつつ、
明るく子どもを一体感を持って悩みましょう。
(これは・・私達が自分に対して言っているようですね?)


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大人も悩みます、それも大事なこと。

NCM_3215.jpg 新たに中1男子君が
 入会しました。
 表情良く過ごしていますが
 緊張もあるでしょう。

 ひとり志望高校に合格しました。
 とても喜んでいます。
 ぽつりと「通えるかなあ」
 「クラスきつくないかなあ」
 ともチラチラ・・・・

 ひとり志望高校に願書を出しに行きました。
 中学に通っている子には自然に手に入る準備書類、これを揃えるのは不登校生
 にとっては大変なんです。
 この子は一人で(あまり顔出したくない)中学に出向き、 頑張っていました。
 願書出し終えてスクールで皆と会い、ほっとしています。
 かなり疲れているみたいです。

 また、大學生活中の元生徒から電話もありました。
 「対人のこと、下宿生活のことを話します。ううむ結構、来てるな・・・・」

 大人としては・・・・・・
 「そこまで無理しなくても安心できる、自分を出せる方法あるかもよ?」
 「よく頑張ったね?ここ越えて新たな自己を表現できるようになれるよ」
 どっちも言いたくなりますよねえ。

 夕方にある校長から電話が来ました。
 「雑誌を見た。今後も協調して子どものために頑張りましょう」と話してくれました。
 ありがたいです。

 特に誰という事ではないんですが、学校関係者、行政関係者、もちろん保護者
 (詳らかには言えませんが)皆さん、上段に書いたことを感じています。つまり、
 「子供に対して今はどっちの声掛け、応援が望ましいのか?」はよく悩むと話します。
 もちろん、子どもを置き去りにして、悩む自分に酔うようなことはしませんが、
 しかし、誠意をもって悩んでいることは隠しもしない様に思います。
 微妙な言い方ですが、そこに子どもが感じるものが現われると思われます。
 
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お役に立ちたい?雑誌発送、皆、楽しそうで良かったです。

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 今日は生徒たちの表情に
 「お役に立ちたい!」なんて
 書いてあったわけでも
 「褒美出ますか?」とも
 書いてませんですが、

 手伝いと言うか「皆でやろう」と
 生徒たちに提案してみようかなと
 思わせる雰囲気でした。
 


 こちらの思い込みもあるんですが「○やっていればいい、ルーチンなほうが楽。安心。」
 それ確かなんだけど、なんだか不足感もある子も増えていますね。
 この不足感を埋めるものは各自、各情況で変わるのかもしれないので難しいんです。

 今日は「(フリースクール多摩川のことが詳しく、有意義な場であることを描かれた)
 例のマンガ雑誌を関係者、支援者さんに郵便局から送付する。
生臭い話だけど数万単位で費用もかかっているので、皆でしっかり、伝えたい人に
届くように手伝ってほしい。また大家さん、交番、お菓子屋さんにもあいさつしながら
渡すので一緒にやってくれ。」と提案、お願いしました。
 また、「これは理解してほしいと言うだけでなく、ここは胸を張れる場であるということを
 こっちから発信しているんだよ」とも説明したかったんですが、うまく言えませんでした。

 と言うか、帰りにマックでポテトとシェイク買ってやると話したとたん、
わー!・・・・でして。
 
 しかし、実際は郵便局でも交番でも、生徒たちはとてもいい表情でした。
 また、感じた事、知ったことも増えたと思いますよ?

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子どもの気持ち優先、先々を柔軟に見てくれる校長(生徒はしっかり感じています)

IMG_20160203_023801.jpg 国会に出すフリースクール等の
 学び場としての位置づけ、
 保護者への補助制度などに
 関わる法案、これが議論されている中、

 どうも大テレビ局が先走ってしまい、
 根拠がないことや未決定項目が
 最終決定のように
 報道されたようです。

 うーん・


 まあ、これはさておきまして・・・・。
 今日は生徒が所属する学校の校長が見に来てくれました。
 駅で5個分を自転車での来訪でした!元気ですね

 関連会議で一度お目にかかっていたのですが、改めて感じたのは
 とても気さくな方で、また子ども優先に物事を見ておられる、同時に
 全体感や相対感、先々感覚の不可欠さも、よくお考えになって
 おられる方だと思いました。

 校長は自分の生徒を中心に全児童に話しかけています。
 各自があるいは私たちが、スクールでの過ごし方や考えや
 状況を説明しました。(高校受験するとか、通級行ってあとは
 スクールで過ごしてるとか、教科学習もやっているとか
 今はしてないとか、友ができたとか何が楽しいとか)

 割と皆しっかり答えています。なぜだか分かりますか?
 嬉しいからです。(多少引きつっている子もいましたが)
 校長が自分たちを見守ってくれていると感じたからです。

 
 校長は生徒に「ここでいろんな意味での学びを体験できるね」
 「明るくなったね」「学校はここでいろんな学びをする君を出席扱いにするよ」
 「学校でも過ごしたくなったらいつでもおいで」と話してくれました。
 また学校長認証が必要な「スクールの通学定期」申請手続きも約束してくれました。

 スクールではこのような体験をきっかけに復学する子も結構います。
 先々(例えば高校とか)学校に身をおくことを意識する子もいます。
 逆に今の自分を認めてもらえたことでここでいろんな挑戦をして、独自の成長の仕方を
 考える子もたくさん居ます。どれが正解かは誰にも分かりませんが、なんでしょう。
 安心、情緒、判断力、自己分析力、人との関わり力が、育まれて行ければ
 形はなんでも平気なんだろうと思っています。人は未来を見ることを糧にします。

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プロフィール

とびたくん

Author:とびたくん
府中のフリースクール運営しています。児童養護施設職員、学童保育指導員、主婦、不登校ひきこもり経験者、保護者、元教師、大学生が仲間です。私も家族が障害に悩み不登校になった経験があります。「学校」に囚われず、フリースクールのほうが合う児童がたくさん居ると思います。学習、遊び、ゲーム、料理、イベント、わんこの触れ合いなど、安心できる場。同じ空間の住人と認め合う、何かしたくなる、知らぬ間にリズムや社会性が身につくのが理想です。安心や自信をつかんで復学した子もいれば、将来にむけて今はじっくり過ごしている子などさまざまです。自由です。皆で通じ合いましょう。
NPOフリースクール僕んち、NPO調布青少年の居場所Kiitos、NPOフリースクール全国ネットワーク、一般社団法人 発達心理ライフケア協会の皆様にご協力、ご指導いただきながら、生徒会員や保護者のみなさんと頑張っています。
お問い合わせメールはfreeschooltamagawa@vesta.ocn.co.jpです。

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