府中駅徒歩5分(多摩地区) NPO法人フリースクール多摩川 不登校支援
                         育児、学童保育、児童養護施設など集団の中で悩む子どもを見てきました。疎外感を持つ、空気がつらい。発達障がいや心的ストレスを理解してもらえない。皆、居場所や仲間を求めてます。 府中市府中町2-18-17。℡042-319-0408。http://freeschooltamagawa.net。リンクからも行けます。

先々、少しでも役立つこと、その種。いろいろある筈でしょう

NCM_3401.jpg 今日は普段は小学校に行き週に1回、
 午後はスクールで人関わりや活動をする
 男子が来て、 さらに最近少し休んでいた
 小学女子が1年生弟と一緒に来ました。

 高校生は夕方に来ることが多いですが、
 今日は一人、早めにきたこともあって、
 ドッジボールなどの運動も賑やかな感じです。
 皆が関われて良かったです。(気配りも公平さもできてる)

さて、TVゲーム時間、小学姉弟はスタッフに「ボードゲームがしたい」と言いました。
Sが提案した、軽い教材的ゲームに食いついて、あれこれ知恵を絞っていました。

この時、下の小中学生組は「暇だよう」「なんか一緒にやってよ」と私に言うので、「学習でもするか?」とニヤニヤ笑い返すと、
「嫌だあ、ちゃんと午前やったよ」と2人が訴えてます。金魚みたいにパクパクしていました。
すかさず、週1回来る子が「俺は頑張って午前中学校出てるんだぞ」と自慢していましたが、中学生組は「えらいぞ」と答えていました。おそらく、「その子がとても緊張しつつも学校行けてる。」「その分、スクールに来たときに弾けるんだ、嬉しそうに自分たちと会話している弟分みたいな子だ。」「いいもんだな」と感じているのかもしれないなと、私はふと思いました。

スクールのようなところは、いろんな子が、いろんな形で、人関わり、所作、知識などの気付きや慣れ、学習ができる。
なかなか事前に画一的には説明できないが、児童の何かのためになる可能性を持つ事柄が転がっているのかなと思います。

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状況次第で、落ち着いて出来る能力。皆、持ってますよね?

NCM_3392.jpg 昨日は小中生の
 「何かしよう時間」気付けば皆は
 自分たちで、このカードゲームを
 やり出していました。

 これは算数オリンピック委員会や
 数学者たちによって作られたゲームです。
 遊び方は様々です。
 
 分かっている情報を上手く整理していくことで相手のカードの数字を論理的に推理します。 生徒たちには失礼な言い方ですが、とても穏やな物言い、公平なやり方、ルール通りのやり方、互いの尊重を壊さず、自己責任で個の行為を集中する、これらが自然体で出てる感がある風情です。つまり(少し教科書的表現ですが)素直で誠実な大人を納得、安心させる少年たちです。もちろん「楽しいから、割と得意な気がするから」なども要因ではあります。

でも、どんな子でも(同じ子でも)さまざまな状況によっては、こうは出来ず、逆の行為のようになることもあります。これはある程度、当たり前のことなんだろうと思います。

例えば、これが教科学習時間だったら?

1、積み重ねがないから、劣っている劣等感がある。それが当たり前とは納得できない。
2、学習内容が自分の感覚とはずれている気がして、まったく興味が出ない。
3、本当はそうではない(内容は少し吸収したい気もする)が、従来の学びの形では
  なぜか苦痛が生じる。
4、だから「普通は○がこうなら▽もすぐわかるでしょ?」と言う、教える側の言葉が
  トラウマになっていることも多い。だから教わると言う感覚に恐怖を感じることも。
 
 これらは不登校云々は関係ありません。誰もが1から4まで感じることあるし、どれが最大の課題かも動きますので、1にとらわれているから2を言っているだけのときもありますし、4さえなければ1を超えられることもあったり、特に1,4が無くてもどうしても2が強いこともあります。なかなか分かりにくいですよね?

じゃあ、これが遊びやTVゲームだったら?

実は根本は教科学習と同じです。だから「勝てる」「予測がつく」「見劣りしない」「経験値高い」「興味がある」「やり方に自分都合を組み込める」このようなことだけに行動が限られがちです。とは言え、残念ばかりではないです。この分野は既成で教え込まれる形で成立している事でないので、皆、だんだん経験値や耐性が培われてくるから、そのうち「負けてもいい、他者の都合も考える、共通のやり方を守る」などのスキルが身につきやすい。(中にはそこまでの産みの苦しみが長く、楽しみ方に汎用性や共通意識が乏しい状態の子もいますが、それも人と関わりながら、少しずつ改善してます。)

さて、ここに長々と書いた「子どもの事情」も確かにある。

でも、子どもには文頭に書いたような(私達を納得、安心させてくれる)自発力、能力もあるわけです。

そのポイントは
「自分たちで考え動いたこと」
「大人の目を意識しないでうごいたこと」
「友を過剰にいじることで、ごまかす必要がない気持ちまでなれていたこと」
「不可思議なやり方でごまかすのは、つまらんと各人が思えたこと」
それが複数児童の間で体現できた訳です。

例えば、大人がずっと一緒にいる場合や(良い意味で)いじられ役の子がいる場合は
なかなか上記のポイントにたどり着かないのが子どもと言うものでもあります。
だから、最近、昨日のような場面が増えたのは、とても大事だと思うんです。


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ガンダムだぞ!

NCM_3386.jpg NCM_3389.jpg
 
 これが東京?と思うほど、のどかな私の住む町ですが・・・・
 このたび駅舎がきれいになりまして、その駅前には
 町のピーアールをする施設ができました。
 (牛丼屋とかコーヒー屋、ツタヤとかじゃないのがこの町のいいところ)

 さて、その一角、いえメインには上の写真、かっこいいガンダムが
 立っているのです。町には大河原邦男氏が住んでいまして、
 この方は1972年の『科学忍者隊ガッチャマン』以来、40余年にわたり
 メカニックデザイナーの仕事をしていらっしゃいます。
 日本のメカニックデザイナーの先駆者であり、特にガンダムという金字塔を
 デザインしたことで、有名な方だそうです。
 おそらく市がお願いして、駅前がこのような形になったと思われます。

 私はあまり詳しくないんですが、スクール生徒にもスタッフにも生徒保護者にも
 ガンダム好きは多いです。スクールからすぐ行けると言うわけではないですが
 それでも電車で10分の位置ですので、こんど皆で行って見ようと思います。

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児童が年齢なりのくだけた会話まで出来るようになる、これ大事です。

NCM_3219_20160423040328304.jpg 学校、学童、児童養護施設などで
 見てきた子ども達の会話、言葉には
 教科書的に言うと「過激すぎる」
 「心無い」言葉は多いです。

 これは「大人も時には、妬み
 甘え、邪悪心もよぎるのが
 当たり前なのに」子供にそれを
 許さない、ある種の指導者は嘆きます。

 
子供に高圧力をかけ、それを出させないようにします。たいがい、その人の前でだけ収まります。本当は、子供たちはだんだん、自分の言葉のTPOは覚えていくものです。余計な話になりかけました。

よく、私は特性やこだわり、環境の影響で言動が誤解されやすいと説明しますが、その例にやはり「場をわきまえない言葉」「過激すぎる言葉」などが出ます。
確かに、いつまでも言葉のTPOを感じない場合はこれに当たりますが、でも・・・
おそらく半分くらいは、この年代の子どもが話していて不思議はないものとも考えられます。

ここは難しいと思いますが、どうしても「不登校」「特性」などが先入観になり、
まるで教科書、マニュアル通りに子どもが言動しないと普通と認めない、そんな
受け止め方をしてしまう大人も居るわけです。これは厳しいです。
あまりに、やみくもにその手の答えさがしばかりしている大人は危ないです。
と言いながら自分が「特性影響」をよく説明しているのは後ろめたいですが。

さてスクール生徒は・・・・本人、保護者さん、先生方から聞くと
この、各年代が何気なく使って不思議ない過激言葉での会話を・・・
「学校ではそれが出来ていなかった」子は多いです。


でも、スクールに来てからは「気持ちよく年代なりの会話」をし始めるわけです。
(重複しますが)半分は「う!まずいな」もありますが、しかし半分は
「仕方ないなあ。でもこの年代だからな。表情いい。屈託ない。まさに会話」です。
ちなみにこれが出来るまで時間がかかる子は前段の「半分は子どもなら当たり前」なのに、当たり前部分までも大人に抑圧されていたからかも知れませんね?


これが出来るようになる、そこがスクールの根幹とも言えます。
そこから自分のこと、、学校等のこと、親のこと、いまのこと、さきのこと話したり考えたりする、個感覚や仲間感覚も安心して持ち始めます。


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仲間も増えてきました。新たにスクールで夕食デーもわくわく?

一昨日は中2女子お母様が見学、昨日は小3男子が父さんと来て
長時間の体験をしていきました。
大人の話も意識の共感が感じられるものだったし、お子さんの明るい表情は
いいものがあったと思います。

また昨日は、高校生がそろいまして、あれこれ交流していました。
通信高校の課題を貯め込んだ子の周りで、応援してるんだかからかっているんだか
分からない状況も、ホントは認め合ったもの通しのやりとりだと感じられ、ほほえましかったです。

これに小中生も加えた時間、皆に投げかけたのは・・・・・
「週に1回、夕食を作りスクールで食べないか?」です。
皆、反応は良好です。なんかコックだらけですけど。

食べることは(緊張するときもあるけど)一定の安心感や落ち着きを醸し出します。
その時の会話は結構、貴重です。
当然、メニュー、調理などを通して得るものもあります。(失敗も含め)
できれば、これが恒常的に継続でき「大事な間(ま)」になるといいですね?

20時以降は勉強とその応援?に疲れた高校生が会話に盛り上がっていました。
「俺高校行けてるからスクールに来なくてもいいんだよなあ」と誰かが言う。
「でも息抜きとしてここは貴重だよ」とも本人がいい周りも頷く。
そこで私が「いつ誰が高校やめるかわからんだろ」とからかうと・・・・
「ひどい。それが責任者のいう事?」と皆に攻撃されました。
安心してふざけあえるのは良い事ですものね。

その後、1人 が過去のイベント写真を見始め、皆でああだこうだと楽しそうに
思い出しあっていましたが、「そう言えばどこでも所長はさぼること考えてるよね」と
核心を突かれかけてしまいました。よく観察している、いいことです。
また、今年度もいろいろやろう!直近1年の写真です。


NCM_1581.jpgNCM_1603_20160422015732ca5.jpgNCM_1573_201604220157297d3.jpgNCM_1557_20160422015728dac.jpg000359352000011809856_2L_20160422015726cf5.jpgNCM_2595_201604220202488cf.jpgNCM_2521_20160422020246f48.jpgNCM_2502_2016042202024584b.jpgNCM_2441_20160422020243d7a.jpgNCM_2098_20160422020242953.jpgNCM_2770 (1)NCM_2748_20160422020741b10.jpgNCM_2737_2016042202074041a.jpgNCM_2651_201604220207396f2.jpgNCM_2625_20160422020738b53.jpgNCM_2882_20160422021224ecf.jpgNCM_2919_201604220212254bc.jpgNCM_3029_201604220212261af.jpgNCM_3049_20160422021228941.jpgNCM_3055_20160422021229eef.jpgNCM_3078 (1)NCM_3085_20160422021614bd5.jpgNCM_3088_20160422021615eb8.jpg

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自閉的こだわりが元で、パッと見は何もせず、言い訳や批判ばかり。でも自閉枠の広げ方ずらし方をゆっくり覚えます。

どうもタイトルがしっくりきません。

スクールや施設でこれまで見た子の多くに当てはまるかなと思う事例です。

何か皆でやろうかと言う段になると「1人の方がいい」「興味ない」「意味ない」と言うが、「じゃあ外れていてもいいよ」と認めると、落ち込むか、参加者侮辱みたいなこと言う。
(もちろん、耐性や発達が進んでいる場合は「ひょうひょうと輪の外で自分のしたいことをしている」と言う、しっかりとした行動をとれてきますが、一般的には不自然な頑なさに見られますので、友達や大人が気を使い声掛けすると、本人は、困っていないのにどうして声かけられるんだろうとやや不安を感じる場合もあるようです。)

何人かでその事が始まるとなぜか「割り込む」「茶々入れる」「ルールを無視して場を崩す」「狙い撃ちで気のいい相手をつかまえ、自分のやり方を強要したがる」
(これも発達が進んでいるとそこまではしなくてすむ、でも、なんか半分離れていて半分関わってきてと言うような感じもでることがあります。または激しい無視?皆が居ることを認めていないように見える離れ方もややあります)

でも、もう1ランク成長、耐性、慣れみたいなものが身につくと、人から見て(  )のうち不自然さをひいたものになりかけます。

いずれにしても上の2点のパターン、自閉特性のある子には多い例ですね?

1つ目の「意味ない」「興味ない」「独りがいい」と思ってもいい、でも「それなら落ち込むな、やっている人を批難するな」と突っ込みたくなることありますね。

2つ目の行為まででると、子供は「なぜ?どうしてそんなことするの?」「あれは言い訳だったの?」「普通、自分がああ言ってら、こうはしないよねえ?」などの攻撃を受けて、焦ります。トラウマをもちます。それは突っ込む側の大人や友達は結果だけみて、当人の「意味ない、興味ない」は言い訳のようなものだと感じているからなんですが、本当は違うことも多いです。当人は正直に話している場合は言い訳ではない、表現材料が乏しかったり、自閉的な感覚材料で話していることも多いわけです。また
「やりたくない訳ではなくて、自分の成功が見えていて、周りの子は自分の想定範囲で自分の安心できる動きをして、しかも評価してくれたり、自分の行動に喜んでついてきてくれる子がいるなら、それは
やってもいいし、面白いかも」こんな風に説明がつく思考なのかなあと思います。 一般感覚を持つ人にとってはウルトラC難度の条件に見えるかもしれませんが、成功しかみない。人を想定内に封じ込めたいようなところにこだわっているので、本人の自己への不可思議感覚は持ちにくいです。
結局、周りの大人や友人は「自閉の枠の外側での常識も加味しながら、初めから結果までのことを通してその子を分析する」ので、つい上記のような誤解が多くなります。(もちろん、本当に指摘されるべき部分、それで育まれる、適度な成長過程の中での過剰や傲慢はどんな子にもあるので、それは言い訳はあかん!と諭される方が成長します。話はややこしいですが)

なので、できるだけ自閉の向き、角度を固まらせない、潔癖度合も緊張までいかないようにする、理屈ではなく体感で「自閉枠の外空気に触れている機会を増やす」ことは大事なのかと思うわけです。それが例えば、スクールでは年代とともにあるいは時間とともに子どもの言動に実証されていくことも多いのです。</div>

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発達障がい、社会的に障害として認める、そう扱われる方がいいのか?

NCM_3381.jpg 今回は10数年、自分なりに
 自閉的な特性のある子ども
 (大人も)と関わって実は
 結論が分からない。
 そのことを書きます。

 勉強不足や思い込みで
 読んでいる方に不快感を
 与えてしまうかもしれませんが
 正直に日々、ふと過ることを
 書いてみます。 

 ふと悩むこととは・・・障害認定のことです。これは手帳うんぬんではなくて、
 周りに理解協力を求めるうえで、社会的に「障害」として認められる方が
 いいのかどうかについてです。
 もっと言うと。(私の身内は精神障害者ですが)いわゆる障害者と同じよう、生活枠を
 また健常者との共存可能な生活様式を福祉的に整備してもらう必要があるか?
 それが発達障がいを持つ人にとって、安心や生き生きをもたらすのか?です。

 普段、私は9割がたこれは考えません。名前は障がいでも「特性」「特徴」「種類」と
 言うべきものだし、そもそも、パーツ的に当事者の言動を見れば「健常」なのです。
 それを変に区分けして差別を生むのも良くないし、たまたまパーツの組み立て方が
 一般的でないとか、あるパーツだけ気づかないだけで障害ではないと思ってます。
 しかもそのパーツ組み立てや抜けたところの穴埋めは、経験や感覚感知である程度は
 カバーできるんだから・・・・と、こう考えているわけです。


 だけど、時に(一般的な目でしか見ない集団では)誤解されてる、困られてる、
 あるいは、当事者もその気配を何となく感じて、落ち込む、パニックになる、
 場に怒っている、それなら障害として打ち明け、共存のための理解協力を求める方が
 いいのかとよぎる事もある訳です。どんな時、私がそう感じたかをお伝えします。

 今回は長くなるので「なぜそう誤解されるのか」は書きませんが、学校、学童、施設、
 スクールなどで「ああ周りにはこう見えるだろうな」「見えるだけでなくて当人は
 それが自然だと動いてるな」 「もしかしたら障害として社会が受け取るべきかしら」
 と私が考えを改める方がいいのかな?と、 ふと過ぎるような事例だけ書きます。

あくまでも、特性について知らない仲間、集団での出来事です。

本人(または似た特性のある子と一緒にもあります)が楽しいと思ってやっていることが、一般には「くだらない」「つまらない」「しつこい」「同じことをくりかえす」「げんなりさせる」と見えます。これが相当な比重です。また、一般的な子が楽しいと思っていること、特に状況で面白さが変化することや発展的な事などにすんなりと入れず、それを侮蔑的な攻撃や周り無視で防御しようとしたりします。

(ギブ&テイク)が暗黙のお約束である友達関係が特性ある子にはできない、利己的、自分優先、相手へのお返し気持がないようにみられる。誠意?を出せば出すほど、それらを前面に出し、わびさびなく人を操るような動きに見えるので友が引く。友達がいのない子と思われ怒らせる。一般集団側は、その子が暗黙のお約束を表現できず、常に自分のことしか言わない、自慢してるように聞こえる、人を馬鹿にしてるような言い方に聞こえるので違和感を持ち、仲間にしたくない感覚をもつ。当人はそれら自己感覚へのこだわりが強いと言うか、一般と噛み合わないまま時間経過することへの危機意識は感知できにくい。なので、友達に対してとか、自分が属する集団に対する意思だしも必要なときに出来ないでいるケースも多く、「こっちはこんなにやきもきしてるんだぞ」「属するなら場に気を遣ってちゃんと言えよ」「先に言えよ」なんて責めにあいがちです。
(時に何でも言いなりになって自分がない、意思がない人に見えるパターンもあるが根本は同じです。)

これらは先生や指導者でも特性を知らないと同じような見立てをします。あるいは知っていても集団維持のため、当事者をそう位置づけることもやむを得ないこともあるかも知れません。


このギブ&テイク意識不足には交遊だけでなく、例えば「やりたくない集団行動」などにも表れます。一般的な子だと、やりたくない事でも皆で一緒にやることで付加価値が生まれそれが意義なんだと思える。あるいは我慢することで今見えないものが得られる期待ができるなど、生産的な素養が幼少期から培われ、それがテイクになりますが、白黒特性の強い子には、その価値は感覚がありません。やりたくないことをやるのは耐えられない、馬鹿げているになります。
だから、社会お約束スキルを持っている子だとすんなり「とりあえず合わせる、やる」ことも、特性ある子には苦痛で、強要すると、「拒否」「他に周りを引き込み場を乱す」「被害者としてなら居れる」なんてことにもなり「もう、やらなくていいから邪魔しないで」になりがちです。そして大人は「もういいよ」「新しい事、やりたくない事は我慢して向き合わなくていいよ」と諦めがちに。この時に大人が感じる不毛感が「障害の方が本人を傷つけないでいられる?」の発想になるのかも知れませんね?

とは言っても多くの指導者はそう過ぎりながらも、(繰り返しになりますが)
違うよ障害はない。パーツ組み立てや抜けたところの穴埋めは、経験や感覚感知である程度はカバーできるんだから・・・・
体験と寄り添いの中でいける、それは先輩たちを見てそうだったし・・・・
だいたい、子どもの根本はやさしくて公平で純粋で出来ているのは明らかなんだし、
と言う様に考え、こちらも奮起するわけです。

当事者にとって、どうすれば安心、生きやすさを得られるのか。
今回は普段の思いの1割でも感じていること、しかも結構、後々の社会課題にもなりえることを
書いてみました。今後もいろいろな人に話を聞きたいと思います。


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自閉的な性質、社会適用を意識しすぎが当人を追い込む場合も。

NCM_3377.jpg 昨日午後、小中高生徒全員でお互いの
 意見をまとめ、缶けりや
 野球をやりました。運動苦手な子も
 皆で弾けていました。

 夜は中高生が
 「あーでもない、こーでもない」
 と覚えかけの麻雀をやりました。
 自分の手作り、自己判断。
 経過が思うとおりにはいかない。
 
 他の子も同じことしてる。都合よくは上がれない。
 がっかりも連発・・・・でも皆は集中してました。
 
「個別に反応してくれる相手が居ると安心」 「想定出来得る事象のみすることが安心」 「場に自己ニーズを伝えるのが苦手」「他の人の思いや感じ方を想像できにくい」そんな自閉的性質もある子もいますが、一定数の小集団でこのように出来るのは素晴らしいこと、社会性や関わり耐性の改善、無意識下での人的気付きに通じていますね。

と、いつも満足げに発信、報告していますが・・・・

実はこの綺麗な?報告の裏には、無視してはいけない子どもの疲弊があります。
「学校のような大集団ではつらいけど小集団ならOKだね?成長してるね!」がスクールのキャッチフレーズ化してますが、元来
上記のような特性がある子の場合は、小集団で振る舞うのも相当な努力と言うか、違和感を不安感をおしてやっています。

だから、「一見、あいまいであったり」「集団からの抜けや距離置きもあり」の体も大事なわけでして、子どもの状況によっては、毎日スクール登校を避ける、来ても関わる物を選ぶなども必要な時があります。根本的な自閉気質を変えることは意味ありません。
それでもやっていける人関わり、物事との関わりを増やしていくためにはいろんなトライを気長にやる方がいいのではないかと思っています。子どもは戦っています?大人は寄り添いに徹するのが最善でしょう。
 
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理解ある校長先生。子どもが大事だと顔に書いてありました。

NCM_3375_2016041400433322a.jpg スクール生徒の1人は
 4月から中学生になりました。
 小学校ではスクールの活動を
 出席扱いとしてもらっていましたが
 中学ではどうなのかなと思っていたら
 校長先生がすぐに生徒に会いにきて
 くれました。
 (エリアはお隣の市です)


 中学は不登校状態の子はかなりいます、校長もいくつもの事例?は知っていますし
 その子達によりよい支援、教育を常に考えているわけです。
 
 そんな校長は今日、その生徒に会い、周りの子と会い、私達と話し、
 帰るときには「安心しました。出席扱です。今後は協力して子どもを応援しましょう」
 と話してくれました。

 子どもの様子、皆との関わり方、その子の校長への挨拶の仕方を見て・・・
 ここは「遊びや運動、間接的な知識アップ刺激がメインだが、その中で対人スキルや処世感覚を得ることが出来始める場。 そのうち本人が必要と思えば教科学習も自発的に。」 どれも大事にしているし、子供も徐々に意識を広げていくものだ。そのような事は経験値の高い、子ども大事意識の強い校長先生なので、すぐ感知してもらえたのだと思いました。(すみません偉そうに)
 

府中だけでなく、7つの市区で出席扱いの実績を得ることが出来ています。
もちろん、立場的な事もある現在の教育指針もある中で、「建て前より、今の子どもの心や可能性を重視した考え」が各校長のベースになっているんだろうと思います。そこはとても嬉しく思っています。

直近の子どもの行動やその扱いがどうなるかは本当はさして問題でなく、こうして応援支援された経験が(今は意識してなくても)先々生徒の生活財産になることは間違いないです。だから、何年か復学進学がすっきりしなくても、そのまま青年期を経過しても、その子達はそうそう社会に出て困らない場合もある、そう言えるんですが、あまり言いすぎると話がごちゃごちゃになりますね?

どんな形であれ「認められている」事を伝えてくれる人がいる環境が貴重なんですね!

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叱られる事を受け止められるようになった子は幸せ?

NCM_3370.jpg
 最近は風が強い日が多くて
 多摩川周辺の桜は吹雪が
 ピークでした。
 
 すごいスピードでサクラの木は寂しく
 なっていきますが、それだけ
 吹雪は幻想的、情緒的です。
 この美価値、日本はいいですね?

NCM_3374 (1) スクールでは風にも負けず
 外運動はにぎやかです。
 ざっくり言うと、運動が得意とは
 言えない子も多いです。
 でも、安心して関わります。
 
 理由は簡単です。各自のプライド、
 恥への不安、などの足かせ?
 とらえ方?に対する柔軟性が
 芽生えるからです。

 これと同じ意味かも知れませんが・・・
 子どもは「叱られる」ことを受け止められる状態になっているときが一番伸びます。
 「叱られない人は悲しい、同等に扱われていない」は社会で言われることですね?

 
 「子どもの責任ではない事情がある場合、叱るのではなく分からせる方法をとるべき」
 と言う基本に大人が忠実になりすぎると、子どもは客観事実に対する叱られが
 受けられないままで、耐性や呑み込みが育ちません。でも、少しずつでも指摘や叱りを
 受けられるキャパが子どもに見え出している時、成長度合いを感じます。 
 
 同時に「客観事実と言っても、人は感情や都合で見方を変える」ことも
 なんとなく感知でき始めた子、かなりいい傾向かなと見えます。
 
 感情的に叱る、くどくど叱る、しょっちゅう叱る、決めつけて叱る、別の都合で叱る
 これらは「叱る側のスキル問題もあります」・
 そうです。大人通しの世界にも常にある問題です。

 
 子どもが叱る側の事情を慮るばかりでは、これまたおかしなことになりますが
 でも、人間は弱い、白黒ではないことの方が多いことも分かるのは良い事でしょう。
 その中で「これに関しては叱られるのは受け止められる」と言う感触を持てるのは
 理想論かも知れませんが、だけど子供たちはそう成長していると思います。

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FS多摩川が舞台の漫画 第2弾発売です!(人の目は当てになる?)

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秋田書店から出ている女性劇画雑誌エレガンスイブの今月号に、当スクールが舞台の
「タオの家」がまた掲載されました。(写真がぼけてしまいましたが取材元FS多摩川と記載されてます)


物語そのものは作者、森脇葵さんが考えたものです。
もちろん、ストーリー性を出すため「多摩川での実例」でない話も描写されています。
(特に今回出てくる親御さん、よくある例ですが現在のスクールでは居ませんよ?)

それにしても、物語は作者さんオリジナルとは言え、そこに実際のスクールメンバー各人の言葉、装いから考えまで、そのエッセンスはほどよく、しかも的確に盛り込んであるように感じました。
つまり、森脇さんは数週間(毎日ではない)スクールで一緒に過ごしていくうちに「何が大事なのか」「社会の課題は何なのか」などをよく洞察されていると思います。一昨日のブログの内容のようなことも強く感じてくれたようです。ありがたい。

かっこつけて言うと「ほう、こう見えるか」「それは嬉しいな」「自分たちには光ってるところあるんだな」「悩んでいることは間違っていないと見てもらえてるんだな」など満足感が得られました。同時に「いろんな思いを整理してもらっている」気もします。
 
このように「それはおかしいだろ」「甘えだろ」「異質だろ」と言うオーラを持たない人の目はありがたいです。自分だけでは見えない自覚心をアップさせてくれるんです。
ひと時代前とは違って、そのような目を持つ人が増えているんだと思います。
子どもはもちろん、我々もこうした人と共存していくことが大切なのかなと感じます。


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新たな始まり。無理して変わらなくても大丈夫なことも多い。

NCM_3348.jpg 今日からスクール再開です。
 日本中各所で新しい始まりがある。
 生徒たちもいろいろと動きが
 ありますので、今日の昼は
 3人しかおらず、ちょっとさみしい
 スタートでした。

 でも、そこはにこやかに過ごして
 そのうち夕方までには
 他の中高生が来ていつも通りに
 近い雰囲気になっています。

 10日振りの再会に皆、饒舌です。興味深いのは「高校入学式」「新クラス」等の会話が
 全員で穏やかに出来ていたことです。中身は「疲れた」「緊張した」「苦痛だった」を
 発する子、「そうだろ」「俺は嫌だなあ」「無理すんなよ」「でもすごいね」と会話する皆、
 などなどです。
 つまり、今日、学校に行った子の方が少ないけど、それを皆が話題にすることが
 不自然でないし、穏やかな表情で思いを言えてます。ここです。
 この状態は世に言うところの「不登校はよくない」は必ずしも当たっていない
 と言うことを証明しています。

 

 だから、青年期には「大学に行けてる子、バイトしている子、高校に通っている子、
 通信高校で課題をしっかりやっている子」などが現れてきます。
 皆、小中時期には多かれ少なかれ「この先、そういう事はむずかしいんじゃないかと
 分析されたこともあります」
 彼らがこの時に「学校に行けていたかどうか」は大した問題ではないんです。
 日々「まともに会話していたか」「自然感覚を味わう機会を持てていたか」
 「一人で何かに取り組むことも慣れてきたか」がポイントだと思います。
 

 今まで、彼らだって少年期には、
 「意思を出さない、自己発信では動かない、人に物を言わない」ような傾向が強くても、
 例えば、「人前で手品を披露することに関しては何も恐れず、皆に注目されても
 しっかりやりとげ、喝采をあびる子だった」とか、

 「普段はそのような装いでも、苦手でないこと、多少予測がつきやすいことを少人数
 でやる時、リーダー的に公平さを意識しながら輪をコントロール出来る子だった」とか

 「逆に恐れを知らずなんでも首をつっこみ、なにかと自己喧噪モードにして輪を困らせ
 ている装いではあるが、実は、ものによっては静かに冷静に輪をスムーズにする役を
 担っている子だった」

 などなどが言えます。

 つまり、少年期から「のちのちに期待できる素養」があり「それは育つんです」
 これは生徒全員です。間違いないです。

 今年度もここに書いたようなことを基本にまったりと頑張りましょう!

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平和を好む子どもは報われます。??

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春休み中です。今日は横浜の野毛山動物園に行ってきました。
入場無料、多くのボランティア市民に支えられている、こじんまりでも
動物を愛する思いが伝わる場所なんです。
それは子供にも通じてる気がしました。(思い込み)

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 おみやげは・・・・・・
 このお面?
 
 これで家のわんこにゃんこを
 脅かそようと・・

 動物の気持を考えないで
 面白がってますな。


 さて、昨日ですが、私の師匠的な某フリースクール代表からメールをいただきました。
 フェイスブックにも載せているので、誰のどんな話かを書いてもいいとは思うんですが。

 なにしろ、そのお話は安保関連法案に関してですが、その根幹にあるものは
 なんなのか?これは、私のように経済社会に身を置いてきた人間でもほとんど
 同調できるものだと思います。(わかりにくい言い方ですが長くなるので)
  
 かいつまんでお伝えしますが主旨は。

 1・現政府は、テロの恰好の標的になりうる故に即刻無くすべき「原発」を次々と
再稼働させ、 そんな危険度を国内で上昇させておいて、国家の存立危機とか、同盟国の警護などと称して、 全く矛盾だらけの「国防」をぐいぐい押し進めている。
またしても「経済優先」を隠れ蓑に、国政選挙の勝利を目論む「人権と自由の敵」たち。
 
 2・70年、戦争に直接関わらず、でも本当は、アメリカの陰で美味しい汁をむさぼっていたのが私たちなのも、動かしがたい事実だし、やはり、この苦難こそ、私たちには必要なのでしょう。


ここでお話されていることは「守るべき人の尊厳、個の利益」と「集団が損をしないようなんらかのシステムを取り入れること」のバランスについて、どうも既得利益者に偏って進んでいるという事です。もっともです。私もそこはこれではまずいのではないかと思います。なぜなら、それは子ども世界でも同じであり、個の平和感、安心感がもっとも大事だと感じるから。

平和を好む子は「多少、気づきや表現、動きに誤解を招くことがある」とか、「同一に指示された行動が苦手」などの癖があったとしても、その気質(パッと見は見えなくても)に平和感がある場合には、そこを見てくれる友人や大人が居ます。(多くはないけど)
だから、その子は性格まで変える事なく、輪の中心にいたり、輪に必要な要素になっていることが多いんです。

よく説明しますが、子供たちが一番表現しやすいのは「批判」「攻撃」「被害妄想」なので、指導者や環境がそれを認めると、すぐに
脱平和で、実をとるとか、画策(屁理屈)で自己正義を表現します。これは刹那的に利用価値があるだけの「道具」化してます。そうです。経済界では小刻みな周期でこのターゲットを作ります。だから歯の浮くようなCMでそれを払しょくします。(これは言い過ぎです)

でも、ちゃんと「公平」「平和」を無意識下に意識している子は余計な説明はなしで「友人や大人の理解、支援」を得るんです。
人は弱いです。平和感は「不安」「洗脳」「隣の芝生」ですぐ揺らぐ、だからこそ皆で守るべき最優先、理屈不要なんだと思います。

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プロフィール

とびたくん

Author:とびたくん
府中のフリースクール運営しています。児童養護施設職員、学童保育指導員、主婦、不登校ひきこもり経験者、保護者、元教師、大学生が仲間です。私も家族が障害に悩み不登校になった経験があります。「学校」に囚われず、フリースクールのほうが合う児童がたくさん居ると思います。学習、遊び、ゲーム、料理、イベント、わんこの触れ合いなど、安心できる場。同じ空間の住人と認め合う、何かしたくなる、知らぬ間にリズムや社会性が身につくのが理想です。安心や自信をつかんで復学した子もいれば、将来にむけて今はじっくり過ごしている子などさまざまです。自由です。皆で通じ合いましょう。
NPOフリースクール僕んち、NPO調布青少年の居場所Kiitos、NPOフリースクール全国ネットワーク、一般社団法人 発達心理ライフケア協会の皆様にご協力、ご指導いただきながら、生徒会員や保護者のみなさんと頑張っています。
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