府中駅徒歩5分(多摩地区) NPO法人フリースクール多摩川 不登校支援
                         育児、学童保育、児童養護施設など集団の中で悩む子どもを見てきました。疎外感を持つ、空気がつらい。発達障がいや心的ストレスを理解してもらえない。皆、居場所や仲間を求めてます。 府中市府中町2-18-17。℡042-319-0408。http://freeschooltamagawa.net。リンクからも行けます。

人は人を裁けまないし、主観真実もわからない。それは確かですよねえ。

唐突なことを言い出しますが、宮部みゆきさん原作の映画ソロモンの偽証をみました。

感動しました、と言うか・・何かを考えながら(たぶん人間について考えながら)集中して見ました。

もちろん、鑑賞作品でもありますので事件テーマは一見はっきりしていて、サスペンスのように展開します。
しかし重要な中身は、私たちのすぐ近くに頻発しているいじめや人のエゴ、保身、自他ともすぐ見えくなる人の弱さなどです。
このようなこと、気づいて怯えていく、忘れようとする、攻撃する、超犠牲でごまかす、他の事と思いが複合していく仕組み、などなどは人の本質でしょうか・・・

そして誰が悪いと言うことがないとも表しています。大変です。めんどくさいです。
でも、こうした機会を通して、安心して向き合える刹那も人にはあるのかなと、しみじみ思いました。

私は自分の仲間だと思っている人、大人も子供も・・・・これ見たら、まったく同じ感想はないかもしれないけど、どこか同じような気持になるなと思いました。だから同じ世界にいる、理屈規範や引き算効率で計れないものに魅かれるのですかね?

例えば・・しつけの出来ているわんこはかわいがり、そうでないわんこを睨みつける人、割といます。
でも本当はにらむべき相手はしつけをしていない私です。(すいません!)
と自分を棚上げしていますが、スクール生徒、保護者、関係者、仲間は可愛がってくれています。ありがとう!

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高校卒業したOB生徒、しばらくスタッフとなり、将来の可能性を広げよう。

卒表  中学時期からスクール生徒だったSK君、
 この3年間は通学通信併用の高校に
 通っていました。
 この春、無事、卒業となりました!

 テスト前や提出レポートが出た時などは
 ここで、スタッフと、また一人でも頑張って
 取り組んでいました。
 その取り組み時間は延べにすると、
 学習要綱に見合った数値になるかも
 しれません。
 (でも貯めないとやらなかった。失礼!

 

まだ進路や将来の夢ははっきりしないと言うことなので、高校時代から続いている、朝のアルバイトと併用して、しばらくはスクールスタッフとして参加したら?と誘いました。

彼の場合は、5年前から「目下の面倒をみる」ことや「スクールの大人と話し合う生徒リーダー役になる」ことで、人の都合を読み取る、自分のことを知る、全体の相関が見える、社会的な感覚を身につけるなどのスキルが、ぐんと成長した成功例になります。
もちろん、元からあったスキルが整理され、表現や対応のスキルが上がったと言う意味です。(これは相談カウンセラーさんや教育場スタッフが、かみ砕いて説明する時間が足りないとき、誤解を招く伝え方をすることもあります。でも、本当は誰にでも元スキルはあります。他に気にかかること、こだわることがない時は、目下や大人とのやりとりが温厚、公平的、秩序的な子多いでしょ?)

さて、SK君はこれまでも、小中生からの信頼は厚くスクールには欠かせない存在だったので、今後も同じように後輩も本人ももっと伸びる、期待できると思います。

ちょっと個人ネタですが、彼にも「個人的な困り感、現象」はあります。それ自体は解消したわけではありません。でも彼は逃げずに受け止め、オープンにして、その事と付き合う方法を考え、明るくやってきた。それでその事がブレーキにならないような動き方を身に着けたのです。これは1段落前に書いた、スクールでの経験から得たものもあると思います。

後輩たちも同じように、いろんな気づき、自己理解、認める勇気、表現する勇気、協調処世感覚、人を理解する欲求が身についてきた子もいます。いや、各自に随所にみられます。そう考えると「後輩や目下」はいつでも大事な存在です。その後輩もまた後輩をもつことで・・・・ゆっくりですね。

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多摩川が舞台の作品第3弾。私たちは、こんなにかっこよくないけど、子供と成長します。

NCM_3457.jpg NCM_3454.jpg
フリースクール多摩川が舞台の漫画。第三弾がエレガンスイブ7月号に掲載されました。

作者、森脇さんは、ご自身も育児中、教育問題、社会問題など、たくさん勉強をしていらっしゃるようです。今回のストーリーに出てくる内容も、登場する大人が、高度な教育スキル、深い寄り添い支援スキル、などを発揮しています。ここに至っては、フリースクール多摩川の大人(私たち)は「自分はここまでうまくできないな」とイジイジしてしまう可能性すらあります。

しかし、根幹にあるものは間違いなく、この作品通りです。
森脇さんが多摩川で生徒たちと過ごしながら、多摩川はその基本になることを体感できる場所だと思ってくれたことから、作品が連続で出来上がって行ったのだと思います。私たちは、こんなにかっこよくはないし、揺れもしますが、それでも子供寄り添いや、同じ目線、緩やかな導き、成長待機など、そうそう間違ってはいないだろうと安心しています。(しようとしています?)
そうしたいろんな思いを通して、自分たちも成長することになるんだとも思っています。

皆さんも、機会があったらぜひ読んでみてください。

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個事情を優先しなくても平気な時、高度な自己認識や他者理解、自然な汎用性もあります。

NCM_3453.jpg  例1)先日。2時半私は皆に「なんで俺がわんこ連れ
 てくる時間を3時より後にすることがあ
 るかわかる人?」と質問したところ、
 皆、思い思いの答えを言っていました。
 
 私は「2時から3時は何かやろう時間だろ?
 実際、皆でなにかしている時もある、
 それは良いことだ。 でも、みんなだって
 何したいと言うのが毎日あるわけでもないし、誰かは
 やりたくても誰かやりたくないなんてこともあるだろう。
 だから大人は必ず皆で何かやれ!とは言わないんだよね。そう言われたら学校みたいでしょ?」と投げかけました。

すると数名は「ほんとその通りだよ」と笑っていました。
私は「そこまではわかってあげられるんだ。でも、その時間、もしやれることがあったらやったらいいのにと思っているのも、俺の正直な気持ちでもある、そんな時にわんこ連れていくと、皆、何しようか悩む前にわんこのところに集まり、触ったり、おもちゃで遊ばせようとしたりすることで時間つぶし始めるだろ?」「それも仕方ないかなあと思いながらも、毎回そのパターンもさみしすぎだろ、と考えるわけよ」

それに笑ったあとで「わんこも俺たちの相手ばかりは疲れるしね」とある子がまとめる。
「ほう、わかっているなら、さあなんかしなさいよ」とからかうと皆は「だって、なかなかないんだよ。」とにやにやしていました。

スクールは(と言うかここで過ごしてきた子たちは)こんな会話ができるほどに落ち着たとも言えます。「何したいと言うのが毎日あるわけでもないし・・・」は他生徒ともよく話します。それ正解なんです。あとは方法論や処世感覚の範疇なんで、じっくりゆっくりがいいのでしょうね。

例2)先週、(いろんな事情から)揺れや決まりからはみ出た行為が目立ち、年長に注意されていた低学年君は運動やゲーム時間、今日はかなりルールを守ることを意識している感じでした。自分が二年生のとき、困り行為を注意した友達を叩いてしまった事があり、それは自身トラウマになっていると言うことを歌にしながら表現していました。年長に「頑張ってルール守れ」と励まされ、泣きそうになりながら歌いながら逃げずにやってました。ゲームでも先週とはかなり違い、兄さんたちの都合も考えている風情でした。

それぞれ、タイトルにあることが証明されていると言えますでしょ?
自己認知、他の理解、関係性の把握などのスキルは結構高いんです。子供は。
そのスキルが優先順位や組み立て方が?になると逆行為に見えがちなだけです。
つまり、?になりそうになる状況を減らすといいわけですが・・・・。


それには療育的、個別的な教えで「情報混乱を減らして、子供の理解認知を高めることが効果があります」
同時に「スクールのグループ体験機会アップでその実践ができるようにすることも大事です」一見、後者は子供が処理できない量の情報や適切なタイミングで対処行動する必要が生じるから、子供が混乱すると言う指摘もあります。でも、やっぱり両方大事だと思います。元からいい性格や理解度、人好き度、思いやり度は高いので、いろんな状況機会との接点はあったほうがいいと思っています。優先度合いや個の事情の出し引きは、実践で多少の混乱も込みでいろんな経験から、時間をかけてオリジナル方を得るものじゃないかと思います。


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悩ましい所、つらい所もある。子供も大人も越えられるから・・・・

先日のドッジボールの光景。小3名中3名高1名大人1名
小A君はボール運動苦手、でも仲間外れも嫌?。

A君「見てる」「つまんないし」「くだらないし」・・・・・皆「そうか」と笑い、始める準備。
A君「俺、苦手だから」・・・皆が「気にしないで入れば?」A君「いや」、皆始める。
A君「俺さあ○○だよね」と場と関係ないことを大声で話し中に入ってくる。
皆「なんだよ。今それ?」と笑いながらドッジボール継続。皆が「入るの?」
A君「やらない」

1分後、A君、走って入り反対コートからのボールをよける「よっしゃ!」と吠える。
皆「お、入ったのね?」A君「うん」
その後。A君は当たってもコートからでない、線を出て相手ボールとってしまうなど。
皆が笑って注意すると瞬間は従うが、また同じことをする。

皆「A君、それじゃ一緒にやっている子がつまんないからさあ」「ちゃんとやろうよ」
A君、「俺は特別に何回当たっても死なないの」皆「死んだっていいじゃん、それも面白いじゃん」
「特別だと、誰も君を狙わなくなるから参加していないことになるよ?」とやさしく諭していました。

最後までこの状態ですが、「いい加減にしなよ」は聞こえましたが「もう出てくれ」と言う子はいませんでした。皆、笑っていました。皆のやさしさが見えました。

なぜでしょう?ドッジボールはたまたまです。各自に過去(中には今でも)なにかの折に「苦手意識、人前で成功以外見せたくない意識」「表現できにくい事情」から同じように集団での違和感行動に走るなど、大同小異な経験をして、叱られたり困ったり、困られたり、苦しんでそこから何かを吸収し続けているからです。俗な言い方すれば気持ちがわかる?事情がわかる?同時にたしなめながら自己振り返りも?また、子供世界、いろんな場で、諭す側が言われる側になることも自然ですよね。

この話、よく説明しますが。
もともと。どんな子供でも、年齢や経験、認知の差によって「困っている様子や揺れなど」を見せることが多いもの、まあ、ざっくり言うとスクールに来た子にはこの段階の子が少なくない訳です。それなりの集団なると比較的、いつも誰かが・・・の場とも言えます。

ただし、年齢、経験、自己認知、親離れ等によってかなり解消するので、一時的に子供が代わる代わる上記のような装いをしている場に見えることがあっても、だんだんと落ち着きます。つまり、困り感や揺れの強い人は、その程度が緩やかになります。
各自、元の感覚が無くなることはないですが、その認知や対処を無意識に得て汎用性が出る?

(余計なことも付け加えますと・・・その経過で困り感、揺れ感が強い子に戻される、流される。あるいは当人が何らかの不安等にこだわり揺れたり、何もしなくなったりする。これらは、ちょこちょこありましして、ここで成長評価を見誤ることがあることもあります。そう言うとき、がっかりして子供を追い込んでしまいがちで、大人としては見極めがむすかしいと私たちは反省することも。たぶん保護者さんもそんな時あるかもしれませんね?)

さて学校では、目的のために、共存のために、個の耐性育成のためには「○が当たり前」「○しようね?」「合わせようね?」と言うオーラがあります。これはこれでとても重要なポイントです。スクールから学校に戻った子も結構いるのですが、その子たちはここで過ごすうち、上の「  」を負担なく受け取れるようになったのかもしれず、それはどんな人も元から持っている「管理される安心」みたいなことも相まって、その子にとっては良い結果だと考えています。
学校に戻るだけでなく、自分に合った形で(スクール併用で)進学するなども同義です。性格によってはこっちの方がいいケースも多いです。


子供たちの感性、認知、人信用などから「○が当たり前」「○しようね?」「合わせようね?」を培っていますので、じっくり待てば自分のやり方で「進学、復学、なにかに挑戦」に結び付きます。スクールはそのための社会学習、人間学習の場なのかと思います。子供が特性やトラウマ、環境的な悩みを持っていることを理解することは大事です。同時に、可能性をせばめて安心させてあげること以外でも、ゆるやかに子供が成長していく部分もあると思います。

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自分の課題、弱点。悩み。確認。期待や夢も話せる場所

NCM_3437.jpg これは・・・そこばかり強調すると
 「教科学習が充足していない」と読み取られ
 「学校以外の学びの法案化」に反対の方に
 誤解されてしまうかもしれません。

 でも、タイトルにあることは。
 スクールの根幹ですし、実際、その中で、
 個々が進路や教科学習へ取り組みの道
 につながった事例が多いわけです。
 やはり、スクールは人間学習がメインだと
 いうことをお伝えします。


例えば、金曜は高校生2名が遅くまで残り、タイトルにあるような内容の話を
ずっとしていました。とても表情よく、人付き合いでの自分の不安、それに対する
客観確認、さらにはこうなりたい、スクールはこうあってほしいなど素直に話しています。
いくら皆のスクールとは言え、にぎやかに集っているとき全員に対して話せるものでは
ないので、こうした事を話す時間や相手がいることはとてもいいと思います。

その前にはやはり、高校生が授業に出てきてから夕方こちらにより、
クラスでの人付き合いの不安やら、部活での期待していることなどを。
スクールの友や私たちに相談?報告?ガス抜き?しています。これも同じです。

地方大学に通っている子からも同じようなメールがよく来ます。


(皆、小中、相当期間不登校でスクールで過ごした生徒です)

もちろん、小中生徒もこれに近い話を、私たちや場に投げかけてくることもあります。
これは、その経験や人かかわりの繰り返しの中で、ある年代にもっと成長します。

(言い方に語弊がありますが)自己客観、弱点、限界の認知、理解を求める必要知覚などがぐんと成長します。
たいていは自己癖の中の「他者非難」「場非難」が減ってくることでその成長振りとリンクしているみたいです。イコールそれは「自分が考えること、動くことになる」のです。

ちなみに、家でも学校でも自己弱点や悩み、期待などをよく話せている子もいます。
それはそれで、いいことです。ただし、小中時期は「教科書的な考え」「大人」を意識しての言葉だしになりますので、心は受け身でいわば対処表現なのです。これは、今回、紹介したい内容とは表面上は似ていてもちょっと質が違うんです。

特に弱点の正確な認めとか、期待や夢などについては、
「具体性をともなうイメージがつきにくい」ので、まだ少年期には「自分のもの」としては
持てていないんでしょうね。ゆえに(先回りで)「何もない、意味ない」みたいな防御発想?しいてる子に見られがちなのはかわいそうなんですが。

繰り返しになりますが、経験値に積み重ねや時間をかけることで、先輩の成功例に似てくるわけです。特定の場、特定の相手で十分です。自発的にタイトルにあるようなことを話せること。それが少し出始めた子たちもいます。もちろん、これは皆にありますね。楽しみです。

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学校に行かないのではなく、行けない。そんな子も多い。子ども達の安心を支援して下さい。

下記はフリースクール全国ネットワークの回覧です。
主旨を皆さんにも伝えたいのでコピーして載せました。
ブログを見てくれている方。出来れば、お知り合い等にもお知らせください

いろいろな事情のある子ども達の安心できる場所、自分らしく過ごし
何かを考えられる場所、その選択先がひとつでも多く維持できるように。
なにとぞ、ご協力お願いします。


以下コピーです。

すでにご存じの方もいらっしゃると思いますが、朝日新聞が、今朝の朝刊で「教育機会確保法」の衆議院採決を見送ることとなったと報じました。

今日予定されていた、衆議院文部科学部会での審議・採決が、急遽議題取り下げになったためです。
その理由は、共産党が法案に反対の立場を示し、民進党が全会派一致の議員立法のみを進めるという方針を出したためのようです。民進党の動向、共産党の賛成が今後の鍵を握ることとなっています。

今朝の衆議院文部科学委員会では、法案の審議と採決は無かったものの。馳文科大臣は吉田宣弘議員(公明党)の審議取り下げへの質問に対し「残念だがあきらめてはいけない」と答弁しました。
そこで、皆様からも、つながりのある共産党の議員、民進党議員に、ここまで来た法案をぜひ実現していただくよう、思い、期待をFAX等で送付いただきたいと 思います。

フリースクール全国ネットワークは、期待をしている子どもたちのためにも、教育機会確保法の今国会での成立を目指し、力を尽くしたいと思います。

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やっぱり、正直すぎる子ども達?

399x245x6293bddc08a0e317f30cfb6a.jpg 最近、新一年生AM君が
 ちょこちょこ利用してます。
 1年生、まだ春だ、心配な
 気持ちになる人もいるかも
 知れません。

 でも本人はお兄さんお姉さん
 の中でのびのびと過ごして
 います。

 AM君、よくスタッフSに
 ドラえもん漫画などを読み聞かせしてくれます。 その時には読み間違いを直してもらい、意味の分からないことをSから教わったりもしています。これ国語や知識学習です。

 でもAM君は・・・・・・ 「違うよ、だって漫画だから」

 誰がこんな勘違いを植え付けたのだ? それは社会です。もちろん私もです。
 私達は、こうして正直者の言葉から得るものは大きいとつくづく感じています。 
 
 昨夜、中高生に夜のおやつ時間、「俺も金なくなってきたし、父さん母さんにガンガン頼むのも申し訳ない、 だからこのストックで今月はもたせようね」と話しました。「でもまた家から持ってくるし」などの声も出ましたが。実は今日、いつもの催促も腹減ったのつぶやきも出ませんでした。何もそこまで?今後は計画的に食べる練習しようね!

 生徒たちは純粋で馬鹿正直なんです。気遣いがない、自己本位だ、などは子どもが言われがちな事ではありますが、本質的にはこの人達は不器用ながらも、正直に、真摯に物事に対峙しているのです。

 たまたま、後々の処世?、社会との関わりやすさ等を育みたいから、大人はあたかも子ども達に困り感満載と言う様に解説することもありますが、それは根本的には、上記のような子供たちだと分かっている場合にできることです。でなければ差別ですから。
 
新聞 これは数年前に
 朝日新聞がスクールを
 記事にしてくれたものです。

 記者さんは子供たちの様子
 はとてもいい、気持ちが穏やか
 になると喜んでいました。
 ただ、社会枠でとらえ、記事内容を
 感心換気ニーズを打ち出すものに
 したい、悪者がいる構図を作らない
 とならない、被害者も作らないと・・・
 などの関係で、私には記事が
 納得できない内容になっており
 文句を言ってしまった記憶があります。

 でも、投稿前の記者さんの言葉はやはり子どもの正直な感性に触れ、それを出せる場に重要性を感じたから、出てきた言葉なんだと思っています。この写真に写った子たち、成長していますよ!

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子どもを信頼している、大事な子。だからこそ天使にはしない?

いやいや親は大変です。

ある時は子どものために、迷いなく身を差しすこと(時に変だと指摘されそうな事も)
逆に、頑なに厳しく、谷底に落とすようなこと(それ子どもが怯えるだけと言われても)

この両面をTPOに応じて求められるのですから。そしてTPOの判断材料がむずかしい。

例えば、私は家の子が幼児期や学齢期前半、「なんだか子どもが気楽に嘘つくように見えるなあ」「なんだか、子どもは勘違いしているのか、または自分の世界以外のことに目が行かない癖が強すぎるのか、だからよく意味不明なすり替えみたいな答えを言うのかも」「なんだか、子どもが親に話したことと事実が違うことが多すぎるなあ」「うちのは嫌われやすいから現場で悪く見られ、大げさに言われるのかしら」こんなことで考え込む時期もありました。最後のは被害妄想となりますが、人間すぐ陥りますよね?

その当時は「他の子はもう少し、ちゃんとしている?潔い?世に言うしきたり的な理にかなっているのでは?家の教育がまずかったか?」と思っていた訳ですね。でも、その反面「こんなに訴えている子を信じないでどうする」と思ってもいたのです。

さて、その後、子どもを育む仕事についた私は、主に小中学生と長年、関わることになります。そして、だんだん分かったのです。子どもには皆、同じようなところがある。
決して嘘はついていないし、まじめに考えている、でも、結構、かつて私が疑問に感じた様な面が出やすいものだと。つまり、家で話している「外での自分」と私たちが見ている「その子」にちょっと誤差が目立つことがあるのですね。
その多くは大人に必要な奸智みたいなものの卵なので当たり前なんですが・・・
「ずるすぎ・そうでもない。」「確信犯・気づいていないだけ。」「甘えすぎ・もっと傲慢。」
「こだわりすぎ・別の悩みの変形。」こんなことを心配され、子どもが誤解されるようなこともあるわけです。(誤解の中には教育側の決めつけも割とあります)

そんな時、私が感心したのは多くの保護者さんです。勝手にそう思っていますが、でも勉強になりました。
「子どもを信頼しているが、だからこそ。ええと、子どもの揺れも含めて信頼すればこそ、その言動は無防備に信用するものでもない」と言う考えがあるのです。だけど信頼しているので、その時の子どもの言動やそれに関わる周りの反応に対して、受け止め、適度な対応をする訳です。そのような方がたくさんいらしたので嬉しかったです。今はスクール生徒の保護者さん方がそれにあたると思います。

さて唐突ですが。昨日のブログの中、言いたい事の最重要な項目は・・・・

ゲームに限らず、運動やグループ行動などで、
  誰かが誰かに言う光景によく出くわします。
  当然、言う側言われる側が交代することもあります。
  いいですよね?人のふり見て?

ここです。事例はたまたまです。そもそも役者はころころ変わるのです。だから、公に出せるのです。スクールだけの話でもないです。主旨を誤解されないようにと願っています。

また私は中高年代ともなればブログ内容も見ることもあり得ると思っています。もろ刃の剣ではありますが、触れないようにだけでなく、時に「我々は責めないけど世からはこう見えるんだよ」と言うようなことを知らしめている(は大げさですが)
子どもが見て、自己分析するとか、誤解された痛みを何かに変えることも必要なのかと思っています。
親子会話ではなかなかカバーできない面もあるし。実際、この2,3年、高校や中3あたりの子はブログを見て、自分の癖やら環境、不安やら疑問やらについて、我々と話し始めたような面もありますので。不登校、引きこもりの枠ではなくても青年期にはこうした吐き出しは必須です。

いずれにしても、子供も大人もいろんなことで悩み、学習して、自分をつくるものだと言う事は間違いないと思いますので、皆で一緒に、明るくもやもやして行きたいですね?
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君だけの利便優先に見える行動はまずいかも・・と伝えられる子ども間

NCM_3380.jpg TVゲーム時間。
 一気に4人で対戦するゲームをしています。
 ある子がある子に言いました。
 「君はこのゲームを皆でやっているん
  だから、 同時に手元でタブレットを持ち
  別のゲームをやるのはダメだよ?」

 
 ほほう。
 この投げ掛けには下記の気持が?

 1.「それじゃあ同じ土壌で勝負してないことになる」
 2.「仲間として同じゲームをまともに戦い楽しみたいのに白ける」
 3.「勝っても負けても楽しい段階にいけよ」
 4。「遊びとは言え、仲間を侮辱していることになるよ」

 ふむふむ。
 
 じゃあ言われた側の本心は?(気づいているとは限りません)
 1、勝負、競争の雰囲気が苦手な性格
 2、基本的に勝つこと優先、せめて予測ができる結果が安心と考える性格。
 3、そこの我慢スキルは身についたが、今回のゲームは自分の熟練度が
   皆に追いいていない、または苦手。なので不満不安が出た。
 4、だけどやりたい。参加したい性格。
 5、限られたゲーム時間でなるべく多くのことをしたい性格。

 
  ひとつひとつ吟味すれば、言われた行動も「わかる」
  でも、言った側の真意も分かるし、処世と言うか人のつながりの大事さを考えると
  まさしく、その通りですよね?

  この例はゲームに限らず、運動やグループ行動などで、
  誰かが誰かに言う光景によく出くわします。
  当然、言う側言われる側が交代することもあります。
  いいですよね?人のふり見て?


  真の「言われた側の個別事情」まで考慮されているかは、たいした問題ではなく、
  自然に言い合えること、それが子ども通しがいいのだと思います。

  大人が言えば(こうした具体的な表現は意識しなくても)
  「教科書通りに強制かよ」「事情もわかってよ」「不安なんだよ」「自分はつまんないよ」
  こんな思いがよぎるとか、思わなくても機械のように言われたことへの
  拒否反応態度が出るとか。それは子どもだから、よく出ます。

  子ども通しならすべてOKかと言うとそうでもない部分もあります。
  元来が人との関わりに癖が反作用的にでる時もある、微妙なケースもあります。
  でも安心耐性のようなもの、経験値の積み重ねは子ども世界で培う方がいい、
  皆、気持を楽に気付きやパターンの学習をしていける。
  だから、今回、紹介したようなことはこちらは安心して見ています。
 
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継続的に小集団(仲間)で過ごすと緊張不安、こだわり、困り感が緩和される例

フリースクール多摩川では6歳から19歳まで、十数名の生徒が仲間として過ごしています。(人によってスクールの利用の仕方が違うので、一日の平均登校人数は6,7名、イベントなどは十数人集まります。全員、相互仲間認識はできているものと思われます。)

今回はタイトルに書きましたが・・・ここで過ごすうちに、こんなところが成長しているのではないかと、生徒を見ている私たちが思うことをお伝えします。特に「1対1の対人関係ではそんなに困らないけどグループ対人だと・・・」の話です。それを分かりやすいように昨日のイベントを例に書きます。(イベント内容は昨日のブログを見てください。)

(注)こだわりや困り感、生徒全員にある訳ではないです。しかもその傾向や程度もまちまちです。
だから、保護者さんによっては「そこまで?」「そんなに?」「そっちの都合で大げさに書いてない?」と感じる部分もありかとおもいます。確かに分かりやすく描くので、その違和感はあってます、すいません。でも、1人でも多くの、不安、困り感のある児童の役に立つことができるかもと考え、ご容赦ください。

1、さて、昨日は当初1時過ぎに出発だったのですが事情により「1時半から2時の間出発」と変更しまして、各保護者さんに前日、スタッフから児童には当日、伝えました。
結構、予定変更になったことをしっくり受け止められない子も仲にはいます。困る嘆く訴えるのような言動も出ます。
その割に「出発までTVゲームOK」としたら、今度はいつも通り2時までゲーム時間と言う感覚に浸ってしまい、1時40分頃からの出発の声掛けに対して反応ができな子もでます。でも大半生徒が声掛けに対して準備に入るようにも出来ています。(結果は2時出発になりましたが、)
予定変更になって、好きなゲームを中断して、この条件で準備に入れる子がほとんど、これはスクールだけでなく、他の子ども育成現場でも強制、圧力なしで出来るのは、かなり高レベルです。スクールの発足したころは出来ている子のシェアは2,3割だと思います。当初はそこまで出来ていなかった子達、今は出来る方にいます。自分の経験値があるので無理矢理ではなく自然なんです。

2、電車の中や駅では声が大きすぎる、動きすぎる子に皆が注意する場面も出ています。これも同じです。しかも、「うまく振る舞えるだけじゃなくて、注意まで、自然にくったくなく出来る子達」です。ある時期には「出かけるときは大人が相当数いないとまずいかな」なんで時期もありましたが、今では大人一人で10数人OKです。それは成長した生徒が増えたから、他の児童になにか働きかける役割もできるわけです。そう振る舞うことを強制されているわけではないし、評価する大人を意識しているわけでもない。性格の良さが出ているとも言えます。

3、「ガンダムはたいしたことない」「散歩がめんどくさい」「買い物がめんどくさい。」誰でもちらりと感じることはあること。
ただ、これらについて「嫌味っぽい」「はき捨てるように言う」「侮辱的な表現」が無意識に出る傾向の子もいます。どれも子供なら言いそうなことではある。だけど、なんだか程度が一線超えているので、悪意に誤解される子もいるんですね?学校などではその子の癖を知らない大人(子どもでも)が聞くと「じゃあここにいるなよ」「君の言葉は自分以外のものへの攻撃だ」と反応するのも仕方ない面もありです。

でも、本当はその子、言葉ほどには否定的に考えていないので、ガンダム前の写真は集まりにっこり、長い散歩では楽しそうに会話しながら元気に歩き、買い物では頼んだ素材をいきいき探すなどやっている訳です。早い話がTPO認識が出来ていない訳ですが、これも(そんな事言うと叱られるだろうが)「自分の無意識な言葉で自分の首を絞めている」ようなレベルまで出しちゃう子はどんどん減って来ています。

スクールでは。この1から3ではかなりの子に改善、成長が見えます。つまり1の変化への穏やかな対応力、2の外での年齢なりの振る舞い。3の過激言葉の減少などが一定レベルになっている子が増えていくんです。
当然、今回紹介したようなことがまだある子も一緒に過ごすうちに成長します。
(時間がかかる子もいます。、参加頻度やその形態で刺激の受け方が違うので効果はいろいろでもあります。)


大人が「理屈で安心」「先回りで安心」「マニュアルや同じ例探しで安心」これは家庭や育成現場では大人がへばらないための命綱ではあります。でも結局、子どもは自力でなにか探すんでしょう。私達、大人としては日々どうしたらいいんだろう?と悩むのは当たり前、でもまあ、子どもを信じて適当に・・・もありですよね?

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12日 皆で出かけました。夕方からはうどんデー。張り切ってつくりました!

今日、12日は午後から稲城にガンダムを見に行き、公園運動しながら帰りました。
途中で材料を購入して4時半頃戻りました。



NCM_3416 (1)

小学生から高校生まで、揃いましてうどん作り!
しかし、嬉しいことに小5女子見学も来てくれ、台所は身動きが・・・

半分はゲームをして過ごしてもらいながら、小中高生5人が気合で作りました。
もちろん、皆で楽しくおいしく食べました!
NCM_3420.jpg NCM_3423.jpg

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子ども通しから得るもの、大人の支援と言うか同じ視点での寄り添いから得るもの

今日は・・・いろんな出会いを感じました。また、それらに対する生徒たちの反応、態度にそれぞれの進化?成長?人恐怖現象?などが見えた気がしました。とても整理した説明ができないんですが、タイトルに書いたようなことがたくさんあるんだと思います。

J君の中学担任が来てくれて、J君だけでなく、他の子とも遊び良い関わりができました。
引き続き、強制しない中で関係性をもてるようにと、協力支援を確認し合いました。
J君は、私がふざけて「先生から宿題出してもらえよ」と言うと「絶対いや」と叫んでいましたが、しかし、「でも漢字だけでなく数学も今日はドリルやったよ」と得意そうに話しています。先生は「うんうん。また来るからいろいろ頑張ってみて」と笑っていました。

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小3男子Y君が2回目の体験に来ました。
K君、SH君、M君、J君、スタッフSとかなり打ち解けて過ごしていました。
ドッジボールも結構うまくて、お兄ちゃんたちと対等?にやっていました。
面倒見のいいS君のことが気に入ったかな?と言う感じです。

中1TK君が母子で見学来てくれました。まだシャイ(当たり前)なところが出ていますが、皆と同じゲームを家でしているようなので、そこから場に打ち解けられる可能性はあります。また来てくれるといいです。過ごしていくうち明るくなりますので。

夜時間です。小学生は帰り、高校生YT君が合流してサッカーゲームをしていますと、高校通学を始めたTH君が部活を終えてやってきました。だんだん会話が個人ネタ、聞いてほしいネタ、言いたいネタになっていきます。これもいいです。

さて、新しい子を含め、皆には木曜に「ガンダム見物とうどんつくり」を予告しました。
今日来ていない女子や高校生と小学生3名も来ると思います。
賑やかになり楽しいですね?

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人関わりバランスが弱い時もあるが、価値感が自然体な部分は好かれてもいる子、多い。

人は皆、いいところもあれば悪いところもある。好きな人もいれば嫌いな人もいる。好かれることもあれば嫌われることもある。
ひとつで全体を評価してはいけませんし、全体でひとつを判断することもできません。
その中で、自分が何を優先させるかということが重要です。

これは「たかたまさひろ」さんの本に書いてあったものです。その通りだなあと思って読みました。

よくネットや本で「誰からも好かれる人になるには?」「嫌われないためのテクニックとは?」などが、いろんなアプローチで書かれています。それはそれで目的を明確にしている「マニュアル的」「教科書的」にはあっているんだが、「もっと複合的な要素が登場人物それぞれにある、それが作用しあうし、どんな人にも姑息さや弱さ、おごりもあるわけで、それも加味して解説しないと、いわゆる人間の生現場とはマッチしていないよなあ」とか「だから、本を買った人は毎回、なるほどと頷きながら、また同じような本を買う、ネットで同じようなカウンセリング、相談コーナーにアプローチを繰り返すんだろうなあ」とひそかに思っていました。

でも、さすがの天邪鬼な私でも、たかたさんの書かれた文章は、気持ちをすっと落ち着かせてくれますねえ。
これだって「特に読む人の環境や個の事情、複合要素などを加味した文章ではないわけです」そういう事です。きっと。

NCM_3404.jpg 雨の日の新緑は綺麗ですね?
 多くの日本人が好んでいます。
 
 木々の葉が濡れて映えるから。
 雨が空気中のなんでしょう?
 排気ガスとか濁りを落とすから
 とも言われていますね。
 音的な効果、湿度的な効果も
 もちろん、気持ち的効果も大?

 
 雨は時と場合によって大事にされたり、疎まれたりしていますよね。

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つい子どもに言っちゃうんですよねえ

5-kurayami-01.jpg 4日は大国魂神社のくらやみ祭りに
 行ってきました。私はサラリーマン時代、
 大国魂神社と取引がありました。
 頻繁に中に入り込む仕事だってので
 勝手知ったる・・・・のつもりでしたが、
 こうして迫力ある祭事に向き合うと
くらやみ祭 (22) まったく別の感動を覚えますね。

 そう言えば、府中の悪友が
 「各地区で闇鍋をしてぞうりとか毛虫が
 入っているんだぜ」と言う、本当なのか
 受け狙いなのか分からない話をしていた
 ことを思い出しました。眉唾です。
 しかし、わたしは昨日、家族に同じように
 もっともらしく話しました。子どもは・・・・・
 「馬鹿じゃないの」と言う反応でした。

 さて、ゴールデンウイーク前までに、各保護者さんからNPO会費や差し入れをたくさん頂いています。皆さんがスクールの台所事情を考慮してくれたことが表れています。ありがとうございます。 「子どもが明るくなっている、何かに向かいつつある、何かを考えている」そんな場が存続できるようにと言う 皆さんの思いを無駄にすることが無いように、一緒に頑張って行きます。

 と感謝に浸っていた先日、夜の中高生以上時間にバリバリお菓子を食べる生徒たちに「保護者さん方がくれたもの、先を考え、大事に食え」と言ってしまいました。
 
 「誠意、感謝」は誰でも分かっている、でも児童期青年期はそこばかりつつくと、気付きやリアクションの優先度はすんなりいかず、もっと引っかかる事がある子どもを悩ませたり苦しめたりで逆効果も多い、そんなことで 「私達はことさら、正論ありきの態度はやりませんよ」と公言しているのに。 でも、しょうがないですよ。たまには言うのもいいと思いましょう。

 「そんな事を言ったって、大人も食べてるじゃん」「結構かっこつけるよね」と突っ込む生徒たち、いいですよね?


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大人がはみ出る勇気?

今回は具体的な事が言えないので、お伝えしたいことがはっきり出来ない。もしかしたら誤解されるかもしれないと思いながらも、やはり書きます。

子どもを育てる、寄り添う、導く仕事(これは家庭もそうです)。
時にマニュアルに沿わない方がいい場合もあります。
個の児童の性格、状態、環境、過去影響、成長具合を肌で感じて、特例?どういうのでしょうか、「その対応はマニュアル的でなく、今は適切に見えないかもしれないが、実はそれで後々、子どもが安定、成長するだろう」と言うケースが少なくないです。


昔に比べて、これが出来る大人は少ないです。(表面上)
全国民マニュアル化していますし、本当の責任の意味も分からず、なにかにつけ責任の明確化とばかり言う人、良く知らないのに攻撃することで意義を感じる人の増加、そのため危機管理優先のような感覚が社会の中で大きくなっていますので、やむを得ないです。


長く「子供に関わる業界」に触れていると、程度はともかくとして
「行政にマニュアルとの不一致を疑われたらアウト」
「保護者が自己都合的に揚げ足をとったとしてもアウト」
「揺れる児童が、刹那的に被害者の訴えをしたらアウト」
「現場の事情を知らない輩に、一部分だけ切り取られ騒がれたらアウト」
ちょっと良くない表現ですが、こんな感覚はよく場に出ます。

こんな悲しいことを感じるのは、それぞれの相手との信頼関係に乏しいからです。
現場の問題もありますが、時には行政、保護者、児童、社会側の問題もあるでしょう。
結局は無味乾燥、危機管理的なマニュアル対応になりがちな現場も・・・・

だけど、世の中は面白いもので、上記の「アウト」がある場の方が意外と活気があり、人気があることも少なくないのです。むずかしいですねえ。物でなく人が要素なので。
たぶん「正マニュアル」だけで子どもと向き合って、自己満足していると・・・・
子どもは「大人が自分をものとして見ている、画一的に形を整えようとしている」と感じるんです。
結果、子どもはマニュアルからはみ出ないものとして振る舞う、心の無い表面優等になることもあります。
これが自身が大人社会で一番困る形になるケースは少なくないのです。

本来、児童期は「不安定」「自己都合優先」「被害妄想」「不安」「自信がない」「人とのバランスが分からない」「傲慢」「失敗がトラウマになる」。こんなことがあります。
でも、大人になったときに、これらが自分なりに解消して自己形成できるものです。

大人が(これは子どもが自分で答えを見つけるために、ある部分だけそうしたり、その時の子供にはそう感じられると言う意味ですが)
「不適切を見逃す」「不適切でも子供にあわせる」「正マニュアルだけを押し付けない」こんな対応をされた子どもはどこかで気づきます。

もちろん、程度や頻度が過剰な場合にはそれは「不適切な養育、教育」ですので、大人の間違いです。
私はもちろん、これまで関わった現場仲間も、知り合った教師方も、ここは(特に減点評価方式の行政機関から)つっこまれそうになった経験は何度かあります。それは誰のせいでもない、切り口の問題でその通りでもあるし、誤解もあるでしょう。

話が膨らみすぎましたが・・・・・
「ああ、自分はあの時、幼くて、不安定で自己中だったかもしれないなあ、大人(親も)はよく許してくれたな、我慢してたのかな?よく自分の世界に付き合ってくれたなあ?」このような事って、20歳頃に思い出した経験ないですか?

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プロフィール

とびたくん

Author:とびたくん
府中のフリースクール運営しています。児童養護施設職員、学童保育指導員、主婦、不登校ひきこもり経験者、保護者、元教師、大学生が仲間です。私も家族が障害に悩み不登校になった経験があります。「学校」に囚われず、フリースクールのほうが合う児童がたくさん居ると思います。学習、遊び、ゲーム、料理、イベント、わんこの触れ合いなど、安心できる場。同じ空間の住人と認め合う、何かしたくなる、知らぬ間にリズムや社会性が身につくのが理想です。安心や自信をつかんで復学した子もいれば、将来にむけて今はじっくり過ごしている子などさまざまです。自由です。皆で通じ合いましょう。
NPOフリースクール僕んち、NPO調布青少年の居場所Kiitos、NPOフリースクール全国ネットワーク、一般社団法人 発達心理ライフケア協会の皆様にご協力、ご指導いただきながら、生徒会員や保護者のみなさんと頑張っています。
お問い合わせメールはfreeschooltamagawa@vesta.ocn.co.jpです。

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