府中駅徒歩5分(多摩地区) NPO法人フリースクール多摩川 不登校支援
                         育児、学童保育、児童養護施設など集団の中で悩む子どもを見てきました。疎外感を持つ、空気がつらい。発達障がいや心的ストレスを理解してもらえない。皆、居場所や仲間を求めてます。 府中市府中町2-18-17。℡042-319-0408。http://freeschooltamagawa.net。リンクからも行けます。

8月1日スクールで夕食デー’夜不在です。(空き巣来ないでね?)

8月1日(月)はスクール夕食デー、下記のようになっています。
この為、17時以降はスクール不在となります。よろしくお願いします。

ちなみに、以前、不在予定を書いた日に空き巣にやられました!
翌日、ドラマみたいな「鑑識」さんを見て生徒たちは興奮していましたよ。(貴重体験?)
その担当の刑事さんには内緒にしてと言われていますが・・・・
その犯人は防犯カメラに映っています。(でも、見つからない)
だから犯人さん、もう来ないでね?

<<おにぎり&唐揚げ>

※こどもの居場所作り@府中さんからお米をいただきました!!
今回はそちらを活用させてもらって作るおにぎりと
唐揚げをお弁当として持って河原へ行き、
運動、食事はをしながら暗くなったら花火をする予定です。
なのでいつもとスケジュールが変わります。

<8月1日 時間予定>
・15時頃~買い物
・15時30分頃~調理開始
・17時頃~河原へ行く(運動、食事)
・19時頃~花火
・20時頃~スクールに戻る。(駅から帰る。)

おにぎりは各自、自分のを作りますよ!!
から揚げも皆でトライします!(塩コショウだけ味、醤油味)
花火、近隣に迷惑かけないところまで行くのでやっぱり虫よけ要りますね


おそらく、降っても小雨?
多摩川まで行き橋の下でやります。ここは以前ゲリラバーベキューした所。(内緒)

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親離れ子離れ 

NCM_3646.jpg  今、親の会ブログにKさんが
 楽しい記事を投稿しています。

 このK兄妹はスクールOBです。
 Kさんは初代NPOの役員も
 やってくれていました。

 過ごす場所は違っても、子供の成長ぶり
 や親子の様子など関わる皆、
 仲間感をもって見ているわけです。
 
さて、Kさんの記事を読んで、私はにやにやしています。
豪快さと思慮深さを併せ持った方なので、スクール時代もその後も、そこを活かした子供とのかかわりを、試行錯誤の中で実践して来たのかなと、勝手に考えています。

そして今回の記事で「子が親離れ」することが出来そうな段階に来た、これは「親が子離れすることも意味している」それを体現しているなと、嬉しくなります。すみません!人のブログで勝手に盛り上がりまして・・・

だって、子供さんに癖があるとか、たまたま学校に行かない体になっている場合、そうそう簡単なことではないんです。だからこのブログランキングにある、主に親御さんに語りかける形のブログ記事は、皆さんそこの部分(子離れ)を、しばしばアドバイスや説明してますよね?もちろん、現スクール保護者さんも着実に親子離れを進められているから、お子さんがいろんな結果を出しているんだと思います。

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張り切りすぎは禁物かも。

本日も2時からの学習読書時間は全員、机に向かっています。

「夏休みくらいはやらないよ」と言っていた中1君、しっかり教科書読んでます。
スクールに久しぶりに来た6年生、初めは「うっみんなどうしたの?」と言う感じでたじろぎましたが、以前はここで学習もしていた子、なんとかドリルを少しやっています。
「僕は今は勉強は・・・だから読書する」と言っていた5年生はなんと!いきなりドリルをやりだしました。
他の子たちは今日も毎日の学習をやっています。

すごいですね。これはスクール夏時期では初めてのことです。2日前のブログに書きましたが、学習をする子の多さはもちろんですが、そもそも、この時期、ここに来る子があまり減らないのも初めてなんです。

さて、この出来すぎ?の「学習読書時間」ですが、生徒たちは何を考えているんでしょうね?そりゃ書き出すと止まらないほど、いろんなことが考えられます。子供の納得の度合いも違います。個の事情も違う。むろん不満、不安の度合いもいろいろあるでしょう。本音と建て前?もありますよね。特に「自発的にやっていることにしてるけど、やらされてる感あるぞ」は多くの子供が感じて当然です。そんな中で全員が机に向かっている・・・はすごいです。当人たちも「達成感」「我慢できてる感」は自己評価できる点だと思います。

もちろん、同時に「それは素晴らしい。でもあまりに頑張ると、場の緊張やら、自ら作った高揚感によって、疲れちゃうこともあるよ
と逆のことも言いたくなってしまうわけです。(いったいどうしたらいいの?と突っ込まれそうですね。すみません。

NCM_3727.jpg そこは、子供自身もなんとなく感知し
 ているのかな?
 「今日は外運動いくよね?」
 の確認が多かったです。
 発散したいんですね。
 きっと。

 
 すごく暑くて熱中症が怖いけど気持ちはわかる。 なのでスタッフSと相談して・・・・・

 5時前から出ました。しかしそれでも日差しが強い!
 結局、わんこまで日陰に避難、生徒も年齢が高い順?に避難しまして。
 それでも各自、体は動かしていました。この写真に入っていない小中生4人は最後まで動いていましたねえ。
 これもこれで、張り切りすぎ注意かもしれませんね?でも、とにかく皆、元気です!
 

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こどもが大人を気遣う気持ちを持つ頃、グンと成長しています。

これ、うまく伝わらないかも知れません。誤解されてしまうかも知れません。

最近、スクールでは「ルールを守る、生活リズムのメリハリを守ることがレベルアップしている。それが各自、なんとなく必要なんだなと感覚的に捉えだしているからだ」と2,3日前のブログに入れました。「そんなの当たり前だろ」「子供の能力を馬鹿にするのか」と思う方もいるかもしれませんが、スクールに来る子はさまざまな理由や事情によって、その能力がすんなり出せない状態になっていた子も少なくないのです。特に「横並び」「ルール」「我慢」「場に合わせる」「事情を言える」などのキーワードにつながることを怖がる状態だったと言えます。でも「それを過度に意識しない空間に長くいることで、安心や信頼を体感しはじめ、気持ちが横並び云々まで行くようになることも多い」わけです。

これは「そうなるまでの一定期間はルール守りや協調云々の強制が邪魔になる、それより先に縛られないことで安心体感する方が優先の時期もある」とも言い換えられます。ここが難しいのです。

割と教育保育現場に長い方、それらを研究している保護者さんから受ける質問に「ここは社会ルールを躾ける場なんですか?好きにさせる場なんですか?」のようなものがありますが、そんな単純なことではないわけです。

今、ある曜日、その日のスタッフは「必ずしもルール遵守でもない」「見ようによっては子供のなし崩しもあり」の装いでやっています。他の日は「一応守ろうよ」と言うルールやリズムは崩しません。それはそれぞれ前述した「さまざまな状態の子にいい影響になっているわけです」ある程度自覚や分析力が成長してきた子には他の日の方が「自分がレベルアップした感覚を確認」でき、まだ不安要素が高い状態の子にはその日が「安心を高めるための場」になるのかと思います。

と見栄えのいい説明をしていますが。
こども(人間)は利害や自己都合で動くものです。それが当たり前です。

だから、普段、生活リズムやルールをしっかり指導するスタッフに信頼や親近感をもつときもあるし、反対にそれらに対して甘いスタッフに信頼親近感を持つこともあります。ざっくり言ってしまうと、成長してくるにつれ前者に傾くのが自然でもあります。

実は私たちが期待しているのはこの経緯の中での「こどもの気持ち」です。「苦手な事、不安な事を強いないから信頼できる」気持ちから子供はどう変わるのか?「そうしてくれるから安心だけど、なし崩しだけでは自分は駄目そうだな」「大人を利用しているだけになってるかな?」「信頼している大人がメリハリない人に見られやしないか心配だなあ」と変化してくるんです。

そうした経過をたどった子はいつしか、私たちに意見してきます。「○してもいいけど、皆、安心だろうけど、それだと俺たちのためにならないんじゃない?」「大人はもっと厳しい方がいいんじゃない?」など。だいたいこの段階ではその子は自分で何かに取り組む、先を考えることまででき始めています。

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スクールの基本は人関わり、社会的所作の体感学習ですね

本日は珍しく午前の部も学習している子いました。午後の部も昨日のように皆が机に。

NCM_3724.jpg さて、昨日今日ですが。
 学校が夏休み時期は急激に
 スクールに来る子が減るのが
 傾向としてあるにも関わらず
 普段よりやや少ないだけです。

 皆が「家に居るより仲間と会いたい
 遊びたい、学習したい?(ううむ)」
 と思えるのはいいことですね?

 今体験中の小5君、入会する小3君、小3生徒。これが、趣味が合うのかオーラが合うのかわかりませんが、楽しい関わりをしています。 (この子たちに限らず、先輩たちの小中時期も同じような経験をしていますが)これから3人は嫌でも体験することがあります。

それは「はじめは蜜月関係願望がお互いマッチ。それが知らずに過剰になってくる。すると急に相手ががいつも蜜月だとつらくなり。あるいは第三のメンバーがでると相手への求めが強くなったりりして。それで、相手はややこ距離をとる。でも自分は理由がわからず、裏切られた感や自己不安を感じる」もちろん、個人個人感じ方が違う、気づき方が違うので、子供ならある程度は当たり前の事例なのですが、スクール生徒たちには極めて多い経験になります。そしてその体験の中で「落ち着く」「気づく」「仕組みを見つける」わけです。

時には、のんびり行こうとは言えない「当人たちのバタバタ」「大人の焦り」も正直出てきます。それでも、年長の様子を見てると「ちゃんと体験学習してきたね」と言えるんです。そう言う場です。

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ちょっと気の毒?学校夏休み期間でもリズム出して耐えてますよ

NCM_3723.jpg 本日の午後の
 読書、学習時間です。
 学習は強制ではないのですが
 中学生はこつこつ取り組んでました。
 1人は数学、スタッフSとああだこうだ
 言いながら。文系の私ダメです。
 小学生も自分の机で読書できてます。

 この時期(学校夏休み)
 学習やら協調知的ゲームやら、子供としてもなかなか、その気になれません。 ましてや・・・・・

「必要と思ったらやればいい、苦しい思いまでしてやるのは良くない」と言うスクールの基本もあります。

でも、この子たちは机に向かっています。もちろん、人によって十数分から1時間、中身もいろいろです。
これは「まあ、生活リズムに乗っておこう」「耐えてみよう」「人と同じようにしたい」「なんとなく必要なのかもなあ」「基礎をこっそりやりたい」などなどの意識が、この時期も、子供たちにあるからなのかなと思います。良いことです。耐えている?とか気の毒?と言う表現を使うのは失礼ですな。 

もちろん、もともと、この時間を避けてスクールに来たい子もたくさんいます。それも自然です。生徒の選択です。

大人としては、「夏休み位いいやの場合」、「常にいいやの場合」と「本当はできるといいなと思っている場合」、「学習等より遊びやゲームでの人関わりでスキルを養うこと、安心する事が優先の場合」これらの見極めが肝心なのでしょう。でも、親御さんも私たちも、もちろん教師も、いろいろな要素で表現が変わりやすい子の本音が読み切れないんですね。そりゃあ難しいです。子供本人にもわからないこともありますしねえ。ゆるゆるとです。
 
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食を通した人かかわり、空気共有の効果(こどもの居場所作りさんからご寄付)

13590247_248102718904481_1520810558398072022_n.jpg 左の写真は府中の
 こどもの居場所作り
 さんの告知です。
 (ホームページも
 リンクに貼ります。)
 先日、こちら様から
 米をご寄付いただき
 ました。

 フリースクールは
 「不登校や学校が
 つらい、対人が苦手」
 そのような子たちが
 教科学習
 (直接、間接絡め)
 運動、協調活動、
 ゲームなどを通して
 子供通しが関わり、
 対人スキル上げ、
 社会スキル上げ、
 自己認知、家族認知
 大人に相談なども
 できる安心の
 居場所です。 
 
 一方、この不登校
 うんぬんは関係なく、
 タイトルにあるような
 安心の居場所が
 欲しい子 (ご家族)
 はたくさんいます。
 
 そこで、こどもの
 居場所作りさんが
 こども食堂を開始
 されたわけです。  

 
これは、とても大事なことだと思います。食を通した人とのかかわり、空気共有の効果はとても大きいです。「それほど、皆、いろんなことで普段、緊張や疲れを感じている、事情を抱えている」と言う説明もできます、また「誰もが、物的、心的にある意味困っていることが多いうんぬん」なんて言い方も出来ます。でも、そこまで堅苦しいことでもなくて、「楽しい」「ほっとする」「こだわりを忘れられる」「あいまいでも仲間感覚を感じる」そんな場になっている気がします。

私も児童養護施設グループホーム職員で一軒家で子供たちと暮らし「食事時間が一番子供が身構えない」「何気ない話の中で信頼感がでる」と言う感覚を持っています。(トラウマを持つようなつらい経験をした子たちもその時間は気が抜ける余裕がでる)。
ずっと、それを見ていて感じました。自分の青少年時期はひねくれて、家族と食卓をさけていたボンボンでしたが、今更ながら食が安心の基本なんだろうな、と思ったのです。

最近はフリースクール多摩川でもそれを皆に感じてほしい、気を抜いて欲しい、安心した中で何かを得られるなどを考え、スクールで夕食デーを先月から開始した訳です。そしてそれは生徒でなくても参加可能と告知し始めましたところ、今回、同じ思いの皆さん「こどもの居場所作り府中」さんからのご寄付をお申し出いただいたのです。ありがたいです。今後もネットワークしていけるといいなと願っています。皆さんも一度参加してみてください。

スクール夕食デーは次回8月1日「自分でおにぎり作って、から揚げ作って、河原に行き花火」です!

こどもの居場所作り府中さんの次回も決定次第、紹介します!

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大丈夫かな?ポケモンブーム

今日は新しい見学5年生が来てくれました。
もう学校夏休み期間になっていて、(例年そうですが)スクール生徒の中には「俺たちも休んでいいじゃん」みたいな思いは当然あります。生臭い話をしてしまうと家族だって「この時期は子供が出かけなくても、それは自然に受け止められる」傾向もあります。特に大人は、横並び学校リズム基盤の社会風土の中で育っていますので、その感覚は当たり前でもあります。

と言うわけで今日は見学君が来たのに、いきなり迎える生徒が1人!「わーどうしよう」焦りました。なんとか、来ている子と一緒にゲームや運動をしているうち、ようやく夕方近くに3人目,4人目と生徒が来て、その頃は見学君も「普段の雰囲気が読める」感じになれたかなと思われます。

さて、私は高校年代やスタッフと話したあと、だいたい9時半頃にスクールを出ます。そのあと公園に行ってわんこ散歩です。結構、大きな公園がたくさんあるので便利です。だいたい、その散歩の一時間、たまにジョギングの人、わんこ散歩の人。酔って変な歌うたってる人などに会いますが、これまでは平均4、5名です。それが・・・・・・

今日は27人会いましたよ。座り込んでる人で数え損ねた人もいるかも。そうです。皆さん、スマホの画面が光ってます。10時過ぎでもちびっこと親御さんも2組いましたね。すごいねえ。

ポケモン、中学高校生徒に聞いたら今のところ「やらない」「めんどくさい」「危ない」と答えています。一人高校卒業してスクール手伝いに来てくれてる子は早くもやっていますが、まあ生徒は今のところやっていません。どうなりますかね?賛成も反対も私には意見はないのですが、「これやりだして日中も外で探す」ようになることだけは嫌だなあと思います。

せっかく、もともと得意でない「集団協調やルール守り、生活リズム優先、時間のめりはりに動けること」をここで体験学習して、それなりの効果があるのに、それが崩れるのは残念すぎです。まあ、欲望もありながら「我慢する」「そこばかり目が行かず好きじゃないこともやることの意味」が知覚出来ている子が増えていますし、同じゲームでも連帯感や会話のツールにしている風情がありますので、私の心配は老婆心になると思っています

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お子さんの違和感、不安感、困り感、加えて他の子と相互影響する微妙なものまで、これらは現場に居ないと正確には見えませんが

そもそも「凸凹があるとしても多くは気にするレベルでない、世のすべての成長期に見られることの可能性も高いから、そこは体験や思いで自分なりの社会性は養えます。だから決めつけて子供の可能性をせばめることはしないでいましょう」とよく言いいます。
とは言いつつも「それだけでは却って2次的なものを子供が作りだしてしまうかも知れないぞ」と懸念される状況に児童がある、そう見えることも、人によって時にはあります。

「特性等によって生じる現場での子供の出す違和感、困り感」「それに揺れる他の子の様子など」はなかなか、実態が場に居ない人に伝わらないものです。報告する私が「そんなに気にすることでもない」と言う雰囲気で書くときと「こりゃ大変ですぞ」と書く時で、受け止め方が変わってしまう。(こちらも揺れますので、親御さんが重く受け止め過ぎてるとか、自分の子だけ申し訳ないみたいな時は、子供には誰もあることですよオーラを出し、反対に親御さんがのんき過ぎるように見ると、こんなに困り感や他の影響を産んでますよオーラがでちゃうんですね)

根本に「子供に悪意がないことが分かっているので、どう伝えたらいいか」その私の感情も入ってしまうのでやむを得ないところかもしれません。でも、なにしろ、毎回思うのは「実際、そこに居ないとわからない、微妙な、しかし困った違和感」があり、それをどう伝えるか、誤解を招かないように関わるみんなで共有するか、いや、そうしないで個別に報告相談して、個人を守るようにするべきか、都度悩むのは確かです。

では、どのようなことが「どうしても、そこで見ていないと分からない」ものか・・・・・
念のために書きますが、文末にあるように、スク-ル生徒は安心の中で人かかわり体験や協調意識生活を繰り返していくうちに、ある年代からはこれらがほとんど無い装いになっています。つまり改善します。

・物事の程度について過剰具合は伝えにくいです。これは音や言動がそうです
子供の声やトーンが大きい、抑揚がない、出し方に唐突さが相まって、場が「うわ!何?」となりがちです。

・自分の欲求、目的しか目に入らない状態では、本来の人へのやさしさや公平思考が消えることになりがちになることも、その違和感を報告表現しにくいです。
各自が思い思いの行動をしている場が成立しているときでも、人が別のことやっていることを無視して「俺はこう」「ほら見ろ」はもちろん、もっとすごいときは、例えば自分以外の子が皆でなにかしてる時もつまり、誰もそっちには気が行っていない状態でも、大声で「わあ。○○だよ!」と自分一人でやっていることを大声で表現します。周りの子が公平や正義に潔癖な場合は元の子を攻撃するケースもあります。もっと「うまい?子」の場合は距離をおくようにして、当人を孤独にさせる作戦になります。もちろん、周りが悪いなんてことはなく、周りも揺れてしまっていることが表れているわけだと思います。

・無意識?なのか罪の意識が消えるのか?わからないけど欲求や利便優先するときに「他を無視する傲慢な子」に見られる。
なかなか「公平な分配、皆で協調行動する、同じようにする」が認識できない状態に陥りやすく、周りから「なんで君だけそんなに強欲にしていいの?」「ここで皆の権利を踏みにじるようなことして満足なの?」と言う指摘を受けやすい事例になりがちです。この状況にすっと入り込むことや、それに気づいた場が「うう!」となる感じも伝えにくいです。
(当然、療育場みたいに、それありきでまわりが意識準備対応している場ではそうならないです)

・不安解消や目的利便優先になるとき、人関わり、その適切なやりとりの感性が弱くなる傾向がある。これは発達障がい等関係なく
多くの児童にも出てくるので非常にむずかしいですが、やはり「程度さ、しつこさ、平然としながらやる様子」などは、なかなか場にいないと見えないだろうなあと思っています。

甘えたい、信用したい、役立ってほしい相手に「豚呼ばわり等」したりする、それが少しは冗談で誰もがやることでも、自分だけ節度なく、ずっとそうしている状態になっても気づけず、気の優しい人たちを自分に向けるためのツールとして使い続ける。悪意がないのに周りに悪意にとられそうな落とし穴です。中には、当人は受けている、肯定されていると一度感じるとそれを繰り返しすぎて、「TPOを無視した悪い言動だ」とされるケースもあります。また、まったく同じ理由で自分の相手役をやけに持ち上げたり、どうしても自分の都合にあうように動いて欲しがったり、その相手をとられないようになのか、それ以外の子に攻撃的な言動や作為的な無視などすることも割とでます。(この段落に書いたこと、相当根気強く窘めていないと大人になっても残ります。なぜなら、ある程度は普通の人にもあって当たり前の事柄、つまり、程度が守られている限り認められていることなので)


書いた例は発達障害の子が悪意や自己中でやっている、傲慢だと誤解される典型的なものです。
本人は優先や利便で頭が埋まっていたり、聞こえなかったり注意がいかなかったりしているだけなのに行動が、そのように純粋なものと真逆に映るので、言われたときの被害意識も高いです。
また、気づいた時には落胆も激しく私の見てきた子の中には、毎回、気づかされたとたん何時間も泣いてしまう子もかなり居ました。(気づかないときは真逆なふるまいなので余計困り感がある)

そこを支援側が「悪意がないこと、気づけないことを慮ってゆるく時間をかけてわからせる」基本育成と
「そのスピードだと誤解のレッテルがどんどん貼られてしまうから、かわいそうでもきつく体に強制的に植え付ける」対処策と
どっちがいいのかはむずかしい場面ばかりです。これはいつもお伝えしている通りです。


でも悲観することはない。スクールでは生徒間の仲間感覚、認めあい感覚があります。また、「同じような困り感でもがきながらも、ここで体感してくことが良いように作用して程度や自分以外のことへの注意、公平の実行などのスキルが上がった年長」が年下の気持ちも配慮しながら導く役にもなっています。心配はないと思っています。課題はどれだけ待てるか、あきらめずに続けられるかかもしれません。

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同じ思いの方からのご支援を生かした次回のスクールで夕食デー、花火ありです

NCM_3715.jpg

我ながらすごい字ですね!今回は打ち直さないでこのまま案内にします。

市内の子供支援NPOさんからお米の差し入れのお申し出をいただいています。
(そのNPOさんから了解をもらったら細かく紹介したいと思っています)

そこで次回の夕食デーはおにぎりメインとします。から揚げも作ります。
「この2つを弁当にして河原に行き、遊んだり花火したりするのはどうでしょう?」
とスタッフSが言いました。
その前のこども会議では生徒は「魚嫌だ」「いや焼けばなんとかなる」「やっぱ肉だろ」「じゃあ安い鶏肉」「いやいや牛丼だ」などなど出てます。十人十色の意見もあります。これは決定することよりも、全員が意志が言えた、人のを聞けたことに意味があるのかもしれません。この時点で計画の半分は達成なんです。

来週、こちらから河原弁当花火を提案します。結果予想ですが皆「それにしよう」となります。

これは今の生徒の家庭にはあまり該当しませんが、不登校状態や発達障がい傾向のお子さんの親御さんは一生懸命、子供さんを心配して研究します。そこで「うちの子はこうでなくては困る、意味ないと感じる、うまく合わせられないなどの困り度が高い。」と感じる親御さんが多いです。それは合っていることがほとんどです。お子さんを守るために周りにそう説明もされます。もちろん、私たちも子供が誤解されそうなときはそのように外部に言います。

でもおそらく、子供が常にそうなんだとは断定しないほうがいいと思います。学校や時には家で、お子さんをそう定義付けるほうが大人が楽だと言う生活環境は危険かなと。確かに子供の根本にはそう言うところがありかもしれない。でも、子供が何とかできるようになる範疇のことも多いんだと考えられます。だから今回は自分が提案したものでなくても参加したいと感じだしているわけです。これは時間をかけて、人かかわりやグループでの体験を積んできたことも大きいのですが、生徒たちの家が「子供のことをせまい定義づけをしないで、おおらかに可能性を高めればいい」と考えていることを表しています。

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教科書通りではない子の安心できる環境もあるし、環境に合わせる能力も伸びます。わんこ

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左の写真はカン、スティンピー(ピーは本名があったのです)1,5歳時、人間だと青年期なのかしら?
この後、大人になるとピーはロン毛激しくなり、カンは足と胴体がひょろっと伸びます。
右は人7歳、カン0,6歳、幼児期終わりくらいですかね。両方とも頭がでかくて足短かったです。

さて、うちのわんこたちは、しっかりとしつけられた子と比べるとかなり、悪い子です。 
マシになったとは言え、油断してると、吠える、噛む、引っ張る、暴れる君です。
「よくそんなわんこをスクールに」と叱られそうですが、生徒たちはたまに噛まれても愛着を持って接してきました。不思議なほど全員そうだし、なんて言うのか、わんこの気持ちがわかるみたいな感じです。

悪いわんこの言い訳はあります。
1「わんこは生後3か月までのしつけ、愛情環境で性格が決まると言われている」
(だから、ペットショップではあまり買い手がなくなる年齢は値をぐんと下げる)

2「どちらもうちの家族になる前の6か月強は保護施設にいた」
(つまり、しつけは間に合わないとされる歳です。ドッグカウンセラーにも言われました)

3「ピーは生後すぐに誰かに飼われたが、何かの理由でペットショップに戻された、さらにそのペットショップが東日本震災でつぶれて、保護施設に引き取られた」
(それ相応のトラウマもあるのかも)

4「カンは生後すぐ保護施設に来た。上記1の理由そこで一生暮らさざるを得ないわんこは数十になり、その子たちはしつけはできていない。その中で数人のスタッフが面倒を見る・・・」
(感受性の強い子には不安が残る痛手かも)

5「人でもそうあるように、わんこも元の性格はある、そこにはしつけだけでうまく動けない性格もあり得る」
(これは10匹以上の動物たちと暮らしましたが、そう思います)

こんな感じです。それはそれとして、我が家は「教科書通りに動けるしつけがされているから、わんこに愛着が持てる」人の頭脳は理解できません。本人が悪くないのに生活や行動や制限される一生になる子を減らしたい、この思いの方が強いわけです、幸い家族全員がそうなので、増えるわけです。(うれしいことに割と同じような考え方の人には良く出会えます)

そうは言っても、社会的には迷惑もかけていることがあるのは否定できないところでして、飼い主として無責任だと批判されることもあります。こっちがパニックになって、わんこたちにいい加減しろ!と怒っちゃうときもあります。

それでも、少しずつ改善してます。それは、わんこたちにとってスクールが外での協調生活の勉強の場、生徒たちからの愛着を感じる場だからです。トラウマや性格が原因で行動制限したら、得られない経験を積んでいます。そこで能力がアップしてます。その進み具合はわからないんですが、確実にあります。
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予期せぬことも皆で対応、慌てず動けてます。流しそうめん。

19日はスクールで夕食デー、手作り流しそうめんをやりました。
詳細はスタッフSがホームページに載せますが、先に様子を報告します。
買い物、具材カット、設営、茹で、洗い、冷やし、流しまで皆がよく動けています。準備段階小学生リーダーは「邪魔にならないように離れて俺と遊ぼう」と3年生2人を誘うなど良いことしてました。(実際はそうめんがいつできるのか気になる2人に逃げられたけど)茹でるのと流すのは適度な役割i交代も生徒通しで、できています。
また、水と麺の重みでレール崩壊したときの皆の対応もよかったです。俗にいうところの気の利き方、落ち着き方がありました。

食後はSの考えた「利き酒」ならぬ「利きコーラ」です。何人が当てたか?何種類までわかったか?

今日は小中生だけかなと思っていたら、授業を終えた高校生が来てくれました。なんとか少しは食べれました!
そのあとは年代、織り交ぜてのTVゲームに燃えています。次回も楽しそうです。

どんどん、グループでの動き方、気の回し方、また、気をつかわなくていいことや、一度に皆が動かないほうがいい時もあることなど、自然に体が吸収していきます。

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楽しくやります。19日スクール夕食デー。4時頃買い物で不在です。

yjimage.jpg 今日は流しそうめんです。
 これネットで見つけた人様の写真ですが、
 生徒たちにはこれでイメージもてるように
 しています。

 ただ、金曜のブログにあるように
 室内はそうめんレールで
 ほとんど占められます。


切ったり、焼いたり、茹でたりはスペース的に苦労するかもしれません。
でも、それで皆で考え、皆でやってる感が高まるとも思います。
椅子をひっくり返して、レールの高さを作ったりもしてますので、衛生面に気をつけながら楽しくやろうと思います。

今日は4時前後は皆で買い出しに出ていますので、よろしくお願いします。

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初音ミクいいなあと思いました。

私は元はドラクエとかFFとかにハマって徹夜して会社に行っていた口です。
その後はゲームに飽きてしまい(酒に行ったからか?)20年くらいやりませんでしたが、この数年で、また結構やるようになりました。

理由は。家や施設の子供やスクール生徒たちと戦うために、またやりだして、面白くなったからです。
でも、年齢差なのか、元の能力差なのかわかりませんが、子供たちに勝てないです。家族に馬鹿にされながら、夜中に練習もしましたが、まったくだめなんです。でも、面白いと思ったものはちょこちょこ続けています。(電車では恥ずかしいからやめてる)

加えて、これも20代までやっていて、ぱったりやらなくなった音楽、バンドですね。これも数年前から、保育士や心理カウンセラーの若者を誘い復活させています。(ほぼ、練習後の飲み目的)

さて、若者と同じことでも楽しめると思いたがる私ですが、「これだけは若者と合わせられないな」とずっと感じていたが、2次元アイドルでした。昔から漫画は好きで、全盛期の大学のころは各週刊漫画を毎週買うので、週に12冊購入しています。でも、アイドル的?萌える?感覚はわかりませんでした。まあ、それは、興味や趣味の問題だから、おかしくないのかなとも考えています。

でも、昨日、テレビで初音ミク公演をやっていて、たまたま見ていたら引き込まれました。もしかしたら、前段の2次元とは別のものなのかも知れない、もしかしたら私の周りの子はそんなに好きではないのかも知れない、ですが、なんだか「わあすごい」「いいな」
と思いました。機械で曲、歌、声を作りそれがベースのコンサートみたいになっていますので、その曲や舞台演出がいいのだと思うのですが、歌っている踊っているミクさんが輝いてます、「こりゃ本物の人より好きな若者がたくさんいても不思議はない」と思ったわけです。不覚にも「かわいいな」とも。(これ今、若者の恋愛離れに直結してると解説している方もいますが)

私たちは10代の頃、肩まで髪を伸ばしたり、ロック喫茶と言うところで何時間も音楽に酔いしれてたりでして、そりゃ、周りの大人は、「情けない」「気持ち悪い」「覇気がない」などと言ったわけです。自分が大人になったから今度は若者に言える、ではなくて、「その若者の世界を実際を知らないのだから批判だけではだめ、でも放置だけもいけないかな」となるのかも知れませんね?

NCM_3668.jpg 
 こちらの同名の人は、ふろ場でわんこの
 カットです。 長時間になり耐えきれず、
 逃げようとするピーを相手に奮闘しています。

 この人は2次元、まったく興味がないので
 言うのはよそうかな。
 でも、すごいと思ったので見てほしいな、
 とも考えています。
 

 
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目的設定の柔軟性、付加価値の認識。流しそうめんセットアップ完了!

NCM_3663.jpg  NCM_3665.jpg
昨日は「火曜の流しそうめんのレールを完成させ、試しに水流してみよう」と皆に話していたのですが・・・・
私は、スクールに来る前のわんこ散歩で集中豪雨にやられ、犬人ともボロボロになってしまいました。
ようやくスクールにたどり着いたら、すでに写真のような「画期的かつ風流な?ははは」そうめんルートが出来上がっていました!

生徒たちとスタッフSで試行錯誤しながら完成させたようです。皆、私に「見ててよ。水流すから」と得意そうに披露しました。
(わんこたちには水流れが楽しい大きな玩具に見えるらしいが)

「おお、いけるいける!」「だけど、実際そうめんをゲットしようと小学生君たちがぶつかったら倒れるかも」「確かに」「そこは当日、ガムテープで強固に仕上げようよ」「いや、中高生が小学生を見守ろう」「倒れても面白い」など各自意見を出してます。いいですね?

2つ前のブログの担任先生の話じゃないですが、スクールの活動を通して子供たちが習得しているものは価値あるものです。 実は設立して2,3年目までは、なかなかこれがうまく子供に経験させられなくて焦りました。これはその当時の生徒たちが問題と言うわけではなく、私たち側の未熟度なのかと思います。やはり「悩める親御さん」「悩める先生方」と同じように悩み、焦っていたのかなと振り返っています。つまり「社会的見られ意識」「集団でのふるまい意識」これを体内に取り込んでほしい、そのために「子供にとって望ましい形」「経験してほしいこと」「会得してほしいこと」、そこに導きたい思いがにじみ出てしまっていたのかもしれません。でも。これだけだと弱っている子、怖がっている子供には圧力にしかならないし、そもそも子供自身の目標感覚は0なんで苦痛かも知れなかったですね?。

この1,2年は子供たちの自己成長とともに私たちの気負いも減り?白黒判断のみで目標設定することの窮屈さを脱したり、せまい目標にこだわらなくても、なんとなく何かあるかも知れないと言う無意識想像できたり、とりあえず集うことに対して不安を少なくする技など、人間誰もが持っているシステムを感じる場になりつつあると考えています。活動の内容や成否より、渦中で感じることに意味があるんでしょうかね?

もちろん、イベントや投げかけに対する行動、意志だし、輪の意識などかなりスキルアップした子が目立ちます。同時に「意味ない」「めんどくさい」発言もありますし「時に場に入らない」も子もありますが、その理由を言える、でも気になる、くやしいなども表現できる、自然体な状況も見られます。皆、タイトルに書いたようなことがなんとなく分かりかけてるのかもしれません。もしかしたら「一定レベルまでのごまかしや言い訳は人の自然形だ」まで。

さあ、火曜日、本番はどうなるでしょうかね!
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馳文科大臣は生きづらい子、親の支援を模索しています。(個人的意見)

7月17日に早稲田大学構内で開催する「多様な学び保障法を実現する会 公開イベント&第6回総会【多様法のこれから】」に、馳浩文部科学大臣が来場する予定となりま した。

学校外の教育をテーマとした集会に現職の文科大臣が出席するというのは画期的なこと、参加される方、結果をチェックする方、新聞で知る方、いろいろでしょうが、大臣の考えを直に聞いていただくとともに、大臣にフリースクール等の存在を一層印象付けていただるといいと思います。、馳浩文部科学大臣のこれまでの足取りを見ていると、多くの子供に課せられた現行の教育システムがそぐわない事がある、これは「わかっている」「分かろうとしてくれている」気がします。

この最高レベルの方が「子供によっては現行の学校システムがすべてではない」ことを表明してくださると、やみくもに「復学」とか「不登校からの脱却」みたいなハウツーマニュアルに群がることが(決して悪いことではないんですが)、よく当たる占い師とかなんでも屋さんを求めていたようだったと、振り返れる人もたくさん出てきます。期待しています。

ちなみに主催は多様な学び保障法を実現する会です。
フリースクール全国ネットワークの政策提言が元となり、シュタイナー学校、サドベリー学校、外国人学校、インターナショナルスクール等の実践者・支援者と ともに作った政策提言と立法運動のための任意団体。
代表は白梅学園大学学長の汐見稔幸さん、早稲田大学教授の喜多明人さん、奥地圭子の共同代表制。事務局をフリースクール全国ネットワークが担当。

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「表情や態度がすごく明るいだろ?意味があるんだと思うよ」と担任に話してくれている校長先生

NCM_3657.jpg 今日は体験参加中の
 小3君と、週に1、2
 度来る小3生徒も
 いましてスクールは
 にぎやか。

 そんな中、ある生徒
 の属する中学から
 校長と担任が来て
 くれました。
 
 生徒のスクール活動
 を学校の出席扱いに
 するためにです。


(たまに登校もしているので、それ以外のスクールに居る日分)です。
もちろん、生徒とのつながりを 絶やさないようにして、信頼関係も維持していたいと強く思ってらっしゃることもあるでしょう。

こちらからは運動、学習、協調活動を通して、生徒がいかに成長してきたかを説明、また特に中学年代からは、夜の時間帯、これはパンフレットでは表しにくいけど、スクールでは最重要項目だ、つまり同年代、先輩、大人との個人話の重要性、ここに尽きる、それが彼の言動を成長させているともお伝えしました。

実はこの校長先生は以前、別の中学を担当していましたが、そこでも当スクール生徒がおり(現在は高校通学中で、たまに夜、スクールに息抜きにくる子)当時、出席扱い判断をしてくれています。

なので、ここの事はよくご存じでもあり、今回は自分のクラス生徒を見る担任の先生に「ほらね?彼の表情や態度がすごく明るいだろ?学校と違うだろ?意味があるんだと思うよ」と話してくれていました。担任先生も「本当ですねえ。まったく違います。仲間や目下の世話役にもなっている風情ですね」と納得しています。 また(写真の)予定告知を見ながら「こうしていろんなことに関わりながら、ああいう風に動けるようになってきたんでしょうね?」と頷いていました。「まさしくその通りです。それが増してくると、学校でもある程度のことができる、あるいはそこにこだわらくても、つながりは感じ、自分で新たなことを見始める余裕や自信もでてくるんだと思います」とお伝えしました。

こうして、理解と支援の気持ちの強い先生方がいると、生徒は安心です。
(子供はもがく悩む困るけど、支援の受け方が安定すると先々、それ意味あることになります)

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次回スクール夕食デーで流しそうめん、明日から皆で準備。(工作と知恵協力?)

NCM_3649.jpg 次回は7月19日(火)は子供会議で
 そうめんにする、 そして各自、
 思いついたトッピングを調理
 しようと言うことに決まりました。
  (私は卵細切り)

 さて、そんな中でスタッフSが
 こんなトライをしはじめていました。
 これは?! そうです。
(と言っても写真ではわからないかな?)

これは流しそうめんの筒?です。ペットボトルで作ったそうです。
まだためしに作ったので短いです。いいじゃない!

よし、明日から皆で長くする作業をしよう、水の出口を考えよう。途中の支えを考えよう。当日の段取りも考えよう。

絶対、当日楽しいしですよ!
スクールで夕食デーは生徒以外の子(親)誰でも参加OKです、(お金はもらう)

あ?まるい空きペットボトル(主に炭酸飲料)ある人、もってきてください。
当日ではなく明日明後日ですよ?

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なんでもかんでも「発達障がい傾向だからそうなる」とするのは危険ですね

「よく人から誤解されるが、それは人への説明や意志だしのタイミングや順序、このバランスが通常とずれるから」
「悪意や画策にとられることも多いが、それは○のために▽する、この理屈が直線的すぎる。世には同時に◇や□も混在するので、そこを加味していろいろ織り交ぜて▽ができるようにするのが一般的だが、そこには目がいかずに▽だけしかしない。また○のためなら・・・本人はいい意味で誰かや何かを効果的利用するのだが、それが一般的には、利己的に誰かや何かを利用しているように見られる」「どうしても。わびさびがないように見られるんです」

こんな説明をいろんな本やネットで、(私も)発達障がい傾向の子の困り感をして表しています。
確かに「著しい誤解で悪人扱いされたり、それで本人が人かかわりのトラウマを無理に押し込めてしまうのは良くない」ので、広く知ってもらうべきだと思うんです、大人の方でその傾向のある人も多少は周りに行っておくほうが、悲しい誤解がへると思います。
(ただし、まだまだ社会の差別はありますので、なんでも言いなさいとはお勧めできないのが矛盾してますが)

さてさて、こうしていつも話していることが嘘?のような意見を言います。

思春期にある児童青年が「身勝手」「利用できるものにだけ反応する」「裏表を出す」「たくさんのものを無視する」「わびさびなく短絡願望だけになりやすい」「権力や大人批判ばかりになる」「人と関わるときに必要な連絡や反応をはしょる」「自分だけわかってればいい、だって周りは馬鹿だからと思っているような態度」「ずれたこじつけ言い訳する」「人をもの扱いしているような冷血余裕のなさになる」これたくさんあります、誰にでも。(もちろん、児童がこんなところばかり出すと言う意味ではありません。とてもいいところも出しながらですので、誤解しないでくださいね)


手前みそ。私も青年期「答えを待つ人に断りの連絡などしない」「でも場に急にきたり消えたり」「お気に入りだけ引っ張ったり」「意のままになる友や彼女を作りあげようとしたり」「その人たちが自分以外を見ると焦って攻撃したり」「かなり負けそうな予感のすること、知らないことに目を背ける代わりに意味ないといったり」「社会の中の大半のことに猜疑心をもち、いろんな職業を侮辱的な言い方で非難したり」「まともに会話しようと声をかけてくる人を拒絶したり」まあ早い話が傲慢と純粋とわがままと依存が混ざっていて、困ると親のせい社会のせいと言ってます。この時期のあと1年半こもり大学留年です。(私はこれがあってよかったです。孤独を好む割にさみしくなり、とりあえずの処世を意識しはじめたので)

このような事は多かれ少なかれ、どんな子にもあります。ちょっと歯車が狂ったり、ちょっと過剰な弱さ、経験値不足が歯車に触れるとどどーと、上のようなことが目立ちます。「え?あの○君がそんな行動を?」日常茶飯事とは大げさかも知れないが、でも思春期のもろもろは、よく見ますよね?。要領のいい子の裏表いじめとかもそれです。
発達障がいを勉強しすぎると、あたかも「一般児童は教科書に出てくる子」と言うイメージで対比しちゃう人がいますが、とんでもない間違いなんです。


さて、この上の行為やその見られ方は「発達障がい傾向だから、こうなりやすい」と説明した例と同じですよね?私が思うに「発達障がい傾向だから」より「そういう動きになる環境にいたから」「誰かの影響を過剰に受け止めすぎたから」「特にそのようなことがなくても、子供は経験値が薄く勘違いやら不安も多いから」歯車が狂ったり、やけに受け身だったり、裏表だったり、短絡だったり、うたれ弱かったりになっているケースも半分はあるように見えます。誰が悪いと言う話でなくて、どんな子でも、ちょっとしたことでそうなりやすい時期。その原因を「発達障がい傾向だから」の切り口で見ないで、環境や対応を考えるほうがいいことが、たくさんあるだろうと言う意味です。

発達障がいと言うのは感覚や知覚、認識に凸凹があるのは確かですが、能力的には多くの部分を感知、認識できるのです。
だから、凸凹のへこみで困らないように機会経験積み重ねをしていくことは確かに特性の支援ではありますが、でも、へこんでないところもたくさんある、そこは通常の支援の方がいいわけです。そのほうが伸びます。ここは「仕方ない、かわいそう」ではない「鍛える甘やかさない」方が効果的な部分です。逆にへこんでいない通常なのに特性だからと処すると。本当はそこは出来て子供が自信を持てるものを伸ばせなくなるかもしれません。

と、偉そうに意見を述べてしまいましたが・・・・・
実は「じゃあどこがへこんでどこがへこんでないの?」「具体的な行為で説明して」となると、返答に詰まります。これはよく話す医師や心理カウンセラーも「むずかしいですねえ」「ウイスクの数値では言えるけど」「元の素因とたんなる環境因や状況因がまざるので」とつい、慰めあうこともあります。

結局、あいまいじゃないかと叱られそうですが、とにかく「なんでも発達○○だから」じゃないことがたくさんあるから、それが分かった時は、そのことに関しては豪快に大人は対応指導しましょう。でも一方で「これは特性で困っていること」はちゃんと差別や誤解を受けないような支援もしましょう。皆で勉強しながらですね?と結びます。(ほとんど自分に言っている気もします)

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不安のない事でしか人と関われない、だから。それ以外は試みない、避ける・・・それ皆、同じだが改善します。七夕会

イベントの報告記事なんですが、いい例なのでタイトルのようなことを書きますね?なぜなら、これはスクールとの関わりの話のみならず学校等との関わりも本質が同じだからです。そしてそれがタイトルに書いたことが大きな要因で、同時に時間をかけて改善もすることだからです。

昨日は七夕会でした。参加した皆はこれに関してあまり不安のない生徒です。
一方でこのようなイベントや集団活動に対し、事前段階では参加意欲あり、場に建設的提案までしていても、急になにか不安材料が頭をよぎり、本番は不参加になる子もいます。あと「自分のことで迷惑かけたくない」と言う、良い性格が悲壮なまで自己を追い込んでいることも遠因です。これらは5年間、相当な例があげられます。スクール以外で関わった子供施設でもよくありました。

参加した生徒たちは、(すいません!)昨日はくったくなく明るく、仲間感満開で、にこやかに堪能していますが、じゃあ普段も全員そうなのかと言うと、人によってはそうでもない時間もあります。例えば学習、例えば得意でないものでのグループ活動の時には、表情がすぐれなかったり、受け身的になったり、やらない方向を望む態度になったり、関係ない言葉出しで揺れたり、過剰な表現がでたり、場から遠ざかったり、あげくにはその時間に来ないようにするところまで困る場合もあります。

何かに「参加できる、できない」そこで「人関わりができる、できない」。そのようなことがあるのは人の本質でもありますね?

ただ、たまに来るボラさんなどは、同じ子がやることによって、人との関わり方が別人みたいになる時、その極端さにびっくりします。悪い言い方をすれば「自分に仲良く関わろうとしてくれいた○が今は自分を拒絶?」これは「人との関わり方に困り感がある、誤解されやすい、だから集団を怖がる」と説明するのが基本なんですが、しかし、実はそれとは関係なく「得意なこと、恥をかかないこと、未知じゃないこと、そうでないと怖がる」の方が大きい場合もあると言うことです。子供の意識が不安がそっちに集中しているから「こう反応するだろうと予測している人には表面上、やけに冷たく見えるのでしょう。」

だって、後者がクリアできる場では、人関わりがおだやか、整合性、公平性、気配りできるなど、ばっちりなんですから。余談ですが、このように出来る子ほど、不安なときに「意味ない」「興味ない」「役に立たない」と言うキーワードで心中ばれないようにします。
レベル1 
得意な事、知っていること、好きな事をするなら「行動、表情が元気、人関わりも良好」。でもそれ以外は避ける。

レベル2 
もう少し幅が出る、不安を我慢するとか慣れるとか・本当に意味ないのか役に立たないのか時に考える。好きなこと、得意な事、絶対勝つことでなくても人と関わるのが楽しい感じもする。

レベル3
さらに改善して「不安を言える」「失敗しても安心」認め合う人関わりの意味がなんとなく分かる。やる中身よりも場や人関わりの方が自分を動かしている気もしてくる。行動範囲、行動内容が著しく増える。会話や態度に人との困り感は減少する。

こんな感じです。もちろん中には特性的なもの、ハンデ的なものがあり消えない事象が残る子もいます。でも汎用性や耐性、工夫でカバーして「困り感が原因で限定した場での行動しかしない」と言うスパイラルからは脱却します。

スクールでは(どこでも)各レベルの状況の生徒がいます。どこにいるか、どのくらいの長さなのか。これはいろいろです。でも最後に3になることを証明している生徒、OBがいます。その子たちも1,2の時期があります。

七夕会で準備から本番まで皆を盛り上げた生徒OBスタッフS。本人曰く「1がかなり長かった」そうです。「小中ほとんど不登校、友達はいたが、得意な事でしか絡んでいなかったからつきあう行動は限定されていた」「中学中期からレベル2を意識したな」「それでスクールに連日来るようになったのかな」と言ってます。聞いていた私は「でも学習の提案はほとんど無視してたよね」とからかいましたが、本人「ゲームしかしてないように見えたかもしれないけど、いろんな子をいろんな活動で見れた、やりたくないこともあったが、それに関われたことがでかいよ」と的を得た分析をしています。そして高校を意識したころから、自主学習(さすがにこちらも圧力少しかけましたが、なにしろ自主的)にも取り組みだしたわけです。(現在、大学、高校の子たちも経過は似ています。)

レベル1から2への変化が根幹です。

毎度、長くなっています。昨日の様子です。
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かるた、ビンゴは小1、3にやってもらいました。読む前に自分のを探すと言う必殺技を展開されかけ、焦りましたが、ちゃんと度を超すことなく面白いで収まりましたよ。
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これがS作成クイズです。スタッフや中高生も手伝いましたが基本S特製です。とてもよく出来ていました、皆、盛り上がりました。年齢ハンデも感じない内容で、少しは知っていてもいいかなと思える題材も組み込んだりで良い出来でした。生徒たちはクイズだけでなく、チーム戦で友達と協力したりもできていたし、なによりSから人間学習しているわけでしょうね?

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7日(木)七夕会です。前日の様子。

明日は七夕会を5時前からやります。各年代の誰も損しないで景品を競える形で
ガスト出前の食事を挟んで、ゲーム、クイズ、ビンゴなどをやります。

今日は各中学生はきっちり(中にはちょっぴり?)2回の教科学習をやっていましたね。
小学生も交えての数字ゲームも子供通しでやっていました。

運動は大人も入り野球、バスケをしました。大人(私です)は暑くて倒れそうでした。

戻って、一休みして皆は電子ゲーム解禁時間です。

NCM_3618.jpg

 私は「夏の都内宿泊イベントの資料」
 作成に没頭です。

 これを明日の七夕会で皆に渡して、
 早くイメージを作ってほしいんです。


 そしてどこに行くか、
 何を見たいかの
 生徒や保護者さん宛ての
 アンケートに答えて
 ほしいんですね。



 




NCM_3617.jpg
 明日のクイズですが
 実は元生徒のボラスタッフS
 に丸投げしてあります。

 「え^」と言いながら、昨夜も22時まで
 頑張っていましたが、
 今日も来て運動も皆と関わりつつ
 クイズ、グッズ仕上げにかかっています。

 中3生徒が手伝っていますね? 暇だからだけではないんですよ!

Sは中学生が帰った今も、皆が楽しめそうか、えこひいきはないかなど確認しながらどんどん必要な問題、グッズを作っています。 すごい集中力です。「無意味なところで一生懸命になるんだよなあ。俺」と笑っていますが。

 無意味じゃない、皆のためによりいいものを、骨身を削り・・・です。いい経験です、いい素質です。たぶん後に続く子たち皆このスキル伸びますよ。手本が見れる環境ですからね。

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人に長所短所があるのは当たり前、親は明るく、子供の教師にも反面教師にもなれる昔が理想?

これはスクールや施設のことを指して書いているものではありません。でも、それも含めて自分も含めて「人とはこうなのかも知れない」と言う私の考えです。やたら長い個人意見です。ここで言いたいことは「昔から、どこでも親子とはそう言うものかも知れないな」と思うことです。

たまたま、自分が「困り感」「虐待、ネグレクト等」「被差別」「親子連鎖」こんなキーワードが出てくる世界に長くいたので、論調に親御さんの対応の是非を説いている雰囲気が出ることもあります。でも本当に言いたいことは違います。

例えば、スクールや子供施設(養護施設だけでなく学校等も)には特性的なもので困り感のある子はいます。
最も目立つ困り状況は子供が人関係に難があることです。「1対1人関係が限界」「それでも安心しないで相手を意のままにしたがる」「結果大人しか求めない」「子供3人目が登場する場を破壊したがる」「場に集中できず何かを気にする」そして、普段の動向が「短絡的になる」「せっかちになる」「白黒すぎて汎用性なくなる」「攻撃的な毒舌表現が多い」「裏表がある」「相手をたたみかける様相」「言うべき時にはっきり言わない」「意志がないようになる」「外面だけ装う」など。こんなことが目立つわけです。もちろん、悪意なき特性から来ています。悪意に見られることは誤解です。

ただし、上の普段の動向が・・・のあとに書いた現象は「どんな人にも該当する事柄でもあります」子供だけでなく大人にもあります。私にも。つまり、特性うんぬんとか被虐などとは関係ないことです。

そして思うんですが。この部分は幼少期から少年期に身近にいた大人からの情報で作られていることが多いです。
毒舌や裏表なんて誰もが調子が悪いときには出ちゃうものなんですが、(調子悪いときだけなんだなとか、逆に思いやりや公平感もよく感じるときもなあるよな)と言う見方が幼い時から出来るわけないです。他と比べる要素もない場合、それが自分のスタンダードになっています。そのまま集団に行く年代になり。周りの反応に訳がわからなくなり・・・は典型です。

「つい○しちゃうんですよねえ」「私にもこういう癖が」「人に気を遣うのがつらい」など親御さんが明るく言えている場合は後々子供は大丈夫になります。子供はもがきながらも、自己スタンダードを変えていきます。極端に言うと大人の教師として見るべきところと反面教師としてみるべきところを知覚していくのです。もっと極端に言うと、「大人にも弱点があり、時に毒舌やすり替えみたいなことをしているが、本当は悪意でないと理解できる」でも「そのやり方は社会では困られるかも」「この大人はそこ気づいていないのかも」みたいな感覚も芽生える」わけです。もちろん、特性的なものが強い場合は、そうそう簡単に行かないこともあります。しかし、なんでも子供の特性的なことだけで見るのはおかしいんです。それだと親子で抜け出せなくなるんです。いわゆる共依存みたいなことも出ます。

ましてや親が自身の弱点を言わない、すり替えるために子供に高圧的だったり、意のままに扱う、他者非難や毒舌を生活で日常化にしたりしていると子供は沼にハマります。同じ癖になる、あるいは困り果てて意志放棄みたいな状態も出ます。(多いです)

しつこいですが・・・人の矛盾点、弱点、ずるい点はどんな人にもあります。大人がそれをどう表現しているか、その環境で子供の感性が変わります。ぶっそうなたとえ話で言うと「虐待する親をかばう子は、親の弱点を嫌がりながらも、それも含めて親への愛情を持っている」わけなんです。

スクール保護者さんは(特別困った現象があると言うわけでなく、人は誰もが持っているという意味で)自己の弱みや不安、意見も明るく話せていますし、子供もある年代になると明るく親への不満も言えてます。明るく愚痴れるのは尊敬するところ、好きなところが明確にある証拠です。親御さんに子供を信頼する余裕があると言うことですよね?だから、先が期待できると思っています。偉そうにすみません。

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スクールで夕食デー 暑かった!次はそうめんにしようよ

何年も前からスクールで調理はちょこちょこはやっていたのですが、これまでは「自分は作ってみたい」子がメインでやり、半分の生徒はゲームして待つような気まま度でした。
そのうち、かなり一体感やら、やらなくても見ている、話しかける子も増えましたので・・・。
最近、改めて「献立、買い物、調理も分担なり、手は出せなくても各自が仲間意識をもてる夕食会」と言う感じで月に2回定期的にやろうと言うことになっています。今回はお好み焼きです。
もちろん、買い物だけとか食べるだけの役割でもいいんですが、今のところ、すべてのことに何か関わるのが自然だと各生徒は考えたい様子です。

NCM_3597.jpg 
 買い出し時間。
 
 今回もわたしとわんこは
 留守番しながら器機準備。

 わんこは手伝わないです。
 


広いテーブルで材料カット。 これは4人でやりました。 片や、長いテーブルでは出汁や卵をいれた生地を滑らかになるまでまぜる。これは2人で交互にやり量が多いので大変そう。 ダマがなくなるまで頑張る。 お疲れさまでした。

NCM_3599.jpg NCM_3601.jpg
各自、自分専用のボールに生地、野菜類、肉、タコ、干しエビ、しょうが、揚げたまなどを入れます。 自分でこねます。カンが自分の分もあるのか気にしていますね。(J君ならくれると目論見くっついてるかも)

NCM_3604.jpg  NCM_3611.jpg
中学生組。いい感じで専用の生地できてます。焼いてみたら、うん、ばっちりでした。
右、キャベツ嫌いの子のは「ありゃ?」さみしい。でも3枚も作ってます。うまいそうです。
NCM_3615.jpg  NCM_3613.jpg
料理得意組はかなり真剣にじっくりやってます。しっかり完成していました。
スタッフSも真剣で生徒に「店のやつみたい」とお世辞を言われ嬉しそうでした。

今日は「昼間、別のところでグループワークをして人かかわり学習をしてきた高校生」も参加しましたが、こっちでも。しっかりとカットや仕込みを頑張りました。でも、暑さもある。2か所で皆と協調でき雰囲気を盛り上げようとしてくれたのは、すごいこと、本人も楽しいことだけど、それなりに疲れもしたようで頭痛が出てしまい、少し2階で寝ていました。それでも1時間ほどで復活、降りてきて「残り物は処理してあげよう」と言いながらニコニコ平らげていました。中3生徒と一緒に率先して後片付けして、そのあとはいろんなことを話したりゲームをしたりと楽しそうでした。

そんな感じで。各自の様子は良かったと思います。大人としては「いいねえ」「しっかりしてるね」「気を遣えているね」と一緒にアゲアゲしたい気持ちにもなります。でも、同時に「あまり張り切るな」「こうするべきだと思いすぎるな」「もっといい加減に楽しめよ」とあえて抜きたくなるような思いもよぎります。(満足と疲れ、未知の期待と不安、このような表裏はセットなのが当たり前だとは言え、子供の中には、その当たり前を飲み込むのは心的負担が大きすぎる状態の時もあります、そんなときは無理にグループ活動を促さず、3人目のいない1対1個別対応をしてあげるとか、子供通しに大人が介入するとか、つまり、その子の想定範囲内の方がいい場合もあります。なかなかここは難しいです)

まあ、当面はこじんまり可愛く続けてみよう。参加不参加もその時々で生徒が軽い気持ちで判断できるようにしましょう。

ところで夏のお好み焼きはもうやりません、汗だくでした。なぜならクーラーをつけながら一気に焼くと、ブレーカーが飛ぶんです。
クーラーを諦めざるを得ないので、暑いのなんの!絶対次回はそうめんだ、こども会議に提案します。

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ゲーム漬け生活のお子さん、100パーセント(たぶん)改善します

(たぶん)を付け加えたのは私の見てきた100弱例で話すから、もし違うケースもあると言い訳できなくなるからです。
しかし、ほぼ言える事は間違いないと確信しています。

タイトル通りです。兆しが見えてくる時期は2つあります。

1つ目は「他にやりたいことがなくてゲーム漬けだったがそうしなくていいほどにやること、考えることができ始めた」時。
2つ目は「自分が安心するやり方では面白くなくなってきた」時。


この2つを迎える前はかなり依存度が高く見えます。
各子供施設、スクールなどで、小学生から中学生くらいまでいて顕著な子が多いです 
  
この「依存度」はある意味では額面通りにそうなっている子もいます。
でも多くの子は「代償行為」「穴埋め行為」であって真正依存はしていません。
特に不登校であったり、集団で自己を出せない状況にある場合には、そこでやるのが自然である活動ができない、やりたくない分、つまりは、「やることがないのでゲームで穴埋め」みたいな構図になります。
また、癖のあるやり方(先を想定できる範囲でやりたい、絶対負けないようにやりたいなど)なので、それをツールに人かかわりをすると言うのも、なかなかできない状態の子もいます。(相手が面白くないと感じてしまい孤立する)これも結果、家で一人で閉塞感の中ゲーム漬けを引き起こします。

 
そうなると大人は「ゲーム漬けはだめ」と言いたくなります。当たり前です。でも・・・・・
ゲームが楽しくて虜になっているなら、その窘め、禁止でいいのですが、やりたいことが見つからない、自信がない状況の子は穴埋めでゲームしているので「ゲームばかりはいかん」では、方策がなく、追い込まれちゃうわけです。

しかし、年齢とともに「人かかわり」「何かやることの自信や動機」が芽生えてくると、穴埋め行動は減ります。さらに自己都合のやり方ではゲーム仲間にはなれないことも知覚していく中、適切なゲーマーに変化していくんです。ゲーム嫌いの方にはそれも嫌かもしれませんが、ゲームそのものが楽しい、人かかわりツールにもなる、一人で息抜きにも使える、そうした部分は現代の若者のとらえ方としては健全だと思います。(上記1,2をクリアしている場合です)

スクールでも各施設でも、ほぼ中高生のどこかの時点で「何が何でもゲームでなくなり」「やっていい時間も友と会話や何かしてる」ようになります。中には入会後、しばらくして、無意識に1,2クリアして、楽になる小学生君もいますよ。
言い方を変えると、そこに到達するまでは「閉塞感」「見ているものが依存を疑う」ような感じもある、産みの苦しみとも言えます。

でも、いずれ改善する。ゲームを悪者にする考え方は別のよくないなにかを産む。
私たちとしては、ここに書いたことが分かっているから「ゲームのできる場所」の形も維持していることになります。


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イベント、ゲーム、運動、ドリル、タブレット、安心会話、すべて学習かな

7月4日(月)スクールで夕食デーはお好み焼き、肉焼きです。
飛び入り歓迎です。調理、食事、そのあとゲームやお話し時間もOKです。
夕食デーは第1,3月曜日です。

7月7日(木)七夕会 ガストの出前、ゲーム、クイズ、ビンゴで盛り上がる。(景品あり)
飛び入り歓迎です。(前日までに連絡ください)

さて、最近のスクールでは中学生君たちは教科学習も取り組んでいます。
午前中少し、午後少しに持参のドリル、それに疲れたらタブレットで学習アプリを
やっています。小学生も午前午後、手を出すことがあります。


この春までは
通信高校課題のたまった子、別室定期試験を受ける子、受験する子
親や先生と約束した子などが意識が高まるといきなり「わっ」と取り組んだり、
しばらくすると、疲れて?机に近づかなくなったりも多かったのです。
(もちろん、子供の身勝手とかずるい感情でそうなっているわけではないし)
(人関わり、自己葛藤、家、学校、環境の客観分析などに対する学習が先決だし)

だから、スクールからは強制はしていませんでした。
カードゲーム等で間接学習、知識アップを重点的にやっていました。

最近も直接学習の強制はしていません。でも、例えば「やらないよりはやったほうがいい」「後々為になる」と言う(言う側も白ける)コテコテ理屈は控えて、もっとざっくばらんに「スクールの格好がつかない」とか「新しく見に来る親子は安心するだろ?」とか、ふざけて「君の親が息子はやろうとしてると見てるぜ?大変だのう」などなど子供たちに言う、せこい作戦もしています。

もちろん、それを言っても「しょうがないなあ。じゃあ少しだよ」とか「まあ、確かに自分のためだしね」などの会話ができる関係性が出来上がったわけなのですが、私やスタッフが思うに「この会話やリアクションが学習なのではないか?」「結果や形よりも子供が何を感じたか」「小さな満足、落胆、人の為感、後ろめたさ感などにも意味がある」です。各自、いろんな事情がありますので、継続できるかは個人差ありますが、そんなものは今だけの課題ですよ。自分で必要に応じて動けるような力がどこかで蓄えられていけばいいのかなとも思います。

とは言え、こちらも強くはないので・・・・・・
今はニコニコです。ははは。

これはスタッフSが用意したタブレット学習アプリです。どんどん増えます!

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主役のとらえ方、気づき方、感じ方、各自のずれがある時、疑心暗鬼も出ますよね。

身近な事例で(私の想像も入っていますが)こんなにいろんなことが考えられる、でも、本当は誰がどう感じているかはわからない、むずかしいと言うことを話します。だから何?と言われると、今度は私が自分が主役になり人への疑心暗鬼を出し始めるんですが。
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この図はマンション一階のものです。102は部屋番号、左奥には110まで部屋があります。AとかBは子供用自転車です。Aは幼児用でいいやつなので少年用より大きいものになります。

さて、この103の人がその自転車を廊下におく。これがAにあると奥の部屋の住民が通る時、特にベビーカーに当たるんです。なせ当たるか、内輪差外輪差というものがありまして、カーブでは余分なエリアが必要なんです。ベビーカーだけでなくて、荷物をたくさん持った人でも同じです。右手に持ったものはカーブだとAに触りそうになります。

それで、通る人の中にはそっとBエリアに自転車を動かす方がいるようです。
(実は私も幼児用で軽い自転車が風でAの廊下をふさぐようになった時はBの方に置きました)
でも、気づくとAに戻っています。何回かこの行ったり来たりしてる、うーん。

ちなみにCには104の人が自転車おいているんですが、カーブじゃないので邪魔にならないんですよ。

おそらく、奥の部屋の人たちは1「03の方、Bの方においてよ!」と思っているわけです。(想像)
でも103の人は奥に行ったことがないので、カーブの困りはわかんないかも。
それで「誰かが自転車に触っている、けしからん」と思っているかも。
もともと廊下に個人のものは置いてはいけない規約はあります。だから103の人はマンション玄関入ってくる人に自転車置いてあることをばっちり見られるのが後ろめたいから、気持ち的にAにいくのかも。確かにAだと外から見えにくい。ううむ。

なんだかなあと思っていたら、先日、管理会社がAの場にある自転車に張り紙をしました。撤去してくださいとの内容です。
Bに誘導でいいだろと思うのですが、規約があるので「言うなら撤去」しかないでしょう。Bに誘導したことがばれたら、クレーマー趣味人がいた場合、格好のネタになりますので。

ただ、ここで管理会社がミスりました。人間味を出してしまったのです。104のCには張り紙ないんです。
つまり「別にカーブじゃなきゃ黙認でいいよ」と思っている人の好さです。でも、103の人はねえ。「え?なぜ家だけ?」となります。
もしかしたら、カーブでの困り度をさして感じていなかった奥の部屋の方もいますので、その人たちも103いじめ?に見えるかも。
このケースでは、よく103の立場になった人は「はっきり言ってくれればよかったのに」と少し、怒ります。でも重複しますが、そもそも善意で「見逃していた」ことがあり、また「言う場合には撤去しかない法的な根拠がでちゃう」から言わないでいたこともあり得ますので、103の方が被害意識だけになったら最悪です。また、人って予想外の指摘を受けたり、気づかなかった客観事実を急に言われると、その内容より感情の方が先走りやすいですよね?

それとも、「前々から電話かなにかで通告しているのに改善しないから張り紙なのかしら」などもあり得ます。
つまり、私の推理も根拠はないんです。ただ、客観的な出来事からの想像だけです。

私のこの想像があっていると、「誰もわるくない」「悪意がない」「気を使っている」のに疑心暗鬼と言うか、各自の真意と伝わり方の違いは出てきそうですよね?主役、主題はどこなのか?いつもむずかしいですよねえ。経験を増やして体感を増やして、いろんな事があることを知ることや、表現ひとつで真意とは別の感情にとられてしまうことも知ること、むずかしいけど大事なのかなと思いました。

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プロフィール

とびたくん

Author:とびたくん
府中のフリースクール運営しています。児童養護施設職員、学童保育指導員、主婦、不登校ひきこもり経験者、保護者、元教師、大学生が仲間です。私も家族が障害に悩み不登校になった経験があります。「学校」に囚われず、フリースクールのほうが合う児童がたくさん居ると思います。学習、遊び、ゲーム、料理、イベント、わんこの触れ合いなど、安心できる場。同じ空間の住人と認め合う、何かしたくなる、知らぬ間にリズムや社会性が身につくのが理想です。安心や自信をつかんで復学した子もいれば、将来にむけて今はじっくり過ごしている子などさまざまです。自由です。皆で通じ合いましょう。
NPOフリースクール僕んち、NPO調布青少年の居場所Kiitos、NPOフリースクール全国ネットワーク、一般社団法人 発達心理ライフケア協会の皆様にご協力、ご指導いただきながら、生徒会員や保護者のみなさんと頑張っています。
お問い合わせメールはfreeschooltamagawa@vesta.ocn.co.jpです。

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