府中(多摩地区) NPO法人フリースクール多摩川 不登校支援
                         育児、学童保育、児童養護施設など集団の中で悩む子どもを見てきました。疎外感を持つ、空気がつらい。発達障がいや心的ストレスを理解してもらえない。皆、居場所や仲間を求めてます。 府中市住吉町1-60-10。℡042-319-0408。http://freeschooltamagawa.net。リンクからも行けます。

学校外の学び法の課題 東京新聞記事は当スクール例を解説しています。

遅くなりましたが、先日の東京新聞記事です。私のスキルではしわしわ紙面写真しか見せできないのが恥ずかしいですが、写真や内容に当スクールのことがたくさん出ているので、それを喜びつつ紹介させていただきます。

先日、政治や福祉の世界で長く活動しておられる支援者さまが、フェイスブックでこの件を紹介してくれましたが、課題や壁はあります。彼方立てれば此方が立たぬようなこともあります。そんな中で私たちの活動や意見が「法案化への道」に役立てるといいなと思いつつ、同時に「まずは法案化、あとで修正もできる、その最初の一歩」を邪魔するような本音も言いすぎたか!とも悩みます。

出来る限り多くの人の意見、いろんな世界の人の意見が、本音と建前も交えての議論展開できる場が維持できるといいなと思います。
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自分たちで場をつくる、ハードル高いことも少しずつ出来ています。

その前に、多摩川親の会ブログに保護者さんの話が書いてあります。とてもよくわかります。また、偶然、保護者さんや我々にも参考になる話がスカイのブログさんに書いてあります。見ておいてください。

さて、最近は新しい生徒、体験中の子、OB生徒なども交え賑わっています。
(十人前後が連日居る状態は過去になかったのです)

大きさに関わらず集団には一定のルールが必要です。例えばスクールの時間割、必然です。そこには・・・
「各自が思い思いに過ごせる」と言っても「皆が、より安心して動くには最低のルールが必要」であること。
「(最近、多くの子が出来ている)学習時間、皆で同じことをする時間、運動時間、TVゲーム時間などを、各自がルールの中で体現することができるようになる練習も必要」であること。
このような、いわば大人の目論見もあります。一定期はそこに反発を持つ子供もいます。
これは当たり前かもしれません。余裕のないとき「ここも学校と同じかよ」と感じるでしょう。


でも、皆、そのうちに、それらを楽に捉える、動けることがきるようになります。
その理由は・・・・・
「無理にやらんでいい、強制はしない」「だけど、やっている人をやらないように仕向けるのだけは無しよ」の意味を理解してくるからです。さらに「自分はなぜやりたくないか大人に言ってもいい」けど「中には個人事情も入っている、つまり本当に場にとって意味のないものなのか、今の自分にとって困るものなのかは区別して認知しておくことが肝心だね」と言う投げかけの意味がわかってくるからです。


それが分かって来た児童が増えているので「集団ルールがお仕着せではない気がする」「そこに入っていてもいなくても違和感がない雰囲気が感じられる」「気づけばいろいろ自分たちがオリジナルのルール(厳密には応用とか工夫)を作っていることもある」
そうなっています。

ちょっと感覚的、観念的な話になりますが「言われたことだけやる意識も多くなりがちな学校生活ではない経験です」それだけに「実は世間では学校の方が楽だと思う子も多いわけです」ここでは「先生これはこうですよね?」みたいに大人に都合を推察して良い子になる子はあんまりいません。(笑)

余計な事も言うと、私たちも時には「おいおい、そこは世間では皆、すんなり受け入れているのよ」「いいじゃん、そこは」「こっちもそのほうが都合いいんだけどなあ」と言う大人の本音もあります。(すいません!)

でも、それでも結果的に「ハードルの高い自分たちの場つくり」を、生徒たちが試行錯誤の中で体感しているのがとてもいいことに見えるのです。

昨日の風景です。

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 運動時間、苦手な子もできること
 を児童からいろいろ出してます。
 入っても入らなくてもいい。
 (時には苦痛もあるかも)
 でも、過去5年
 結果的にすべての子が
 外時間を欲しますね。
 
 体内から欲求する?
 健康的です
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 こちら就労支援Bから
 戻ってきて
 スクールで息抜きする
 YKさんです。

 古い生徒と
 名前を呼びあえてます。


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 縦割りの良さもあるが
 このように中学生の輪
 もできつつあります。
 上にも下にも
 話せないことを
 ゲームしながら
 言い合うのもありですね。

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教育センター職員さんに見せたかった?

今日は午前、予定通り調布市教育センターの職員さん2名が視察に来てくれました。
「最近、午後も学習時間を設定したら、午前の学習読書時間は生徒が来なくなっています。わはは」と説明してありました。
(そもそも学校に通ずる物事にまだトラウマのある子もいますので、このあたりが難しいんです)
先様も午後は教育センターで相談業務や心理カウンセリングなど仕事があるので「今回は施設の様子視察と私の話だけでも十分」との事とお話しされていました。

しかし、気を利かしたのか人好きなのかよくわからないのですが、今日はTMちゃんが午前から登場、皆さんにスクールのことを説明してくれたり、にこやかにお茶を出したりしてくれたり。結局、たったひとりしか生徒には会えていませんが、そこは教育センターの方々、すぐわかります。「ここはある状態の子にとって、極めて大事な空気を持っている場」です。

その後は、私も小一時間、説明や課題などをお話し、お互いに理解と認識が高められたと思います。
お二人からは「緩やかな決まりと曖昧な居心地の良さが生徒の心的な安心、発信力を高める結果になっているのがよくわかる」「だから、子供に学習を強制して、それをもって学校の代わりとして行政から補助を得る方式をしたくないとおっしゃるのは理解できます。厳しいでしょうが、そのままこのスクールのまま維持してほしいです。過去も今もスクール生徒に調布の子もいるのがうれしいです」と言ってもらえました。やはり府中市の皆さんと同じように見てくれています。ありがとうございます

調布市教育センターのお二人が帰った1時頃から生徒が来はじめまして、皆でTVゲーム。その後2時から学習読書時間には、しっかり4人は学習、2人はタブレット学習をできています。
午前中、「最近は新しい子が増えてそのことで精神的に揺れる子もいまして、学習時間の集まりが悪く、2,3人来ても中身が漫画読書ばかりですわ。でも、それでもいいんです」と説明してあったのに、ちゃんと皆、やってるじゃない。見せたかったな。

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この後、運動時間、ゲーム時間と夕方になるにつれ生徒が増えてきます。
早い話が「今は学習や協調活動はつらい」子たち
「意味ないと思い込んでいる」子たちです。
それもそれでいいことです。
あまり何もやっていないように見えても、子供通しで遊ぶ、縦割りの中で公平を考える、夜に仲間や大人に真剣な話をする、いろんなことで成長する子もいます。本当に人それぞれなので、私たちも導きマニュアルみたいなものはないのです。でも何とかなっています。頑張りましょう。


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不登校等テーマ、皆さんに考えてもらえると嬉しいです。東京新聞の記事

フリースクールの現状についての東京新聞記事、いつも応援してくださる元市議さんがフェイスブックにアップされています。ご友人の方々も貴重なコメントを出されています。見ていて少し勇気が出ました!ありがとうございます。

皆さんもこれを機に「誰がいい悪いはない」「どんな支援がいいのか」「なにがポイントなのか」などを、一緒に考えていってくれるとありがたいです。

以下、フェイスブックの抜粋です。抜粋と言っても、すべて的確な表現なのでほぼそのまま使わせもらいます。

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東京新聞にフリースクールの特集記事が(^-^)/

府中にある「フリースクール多摩川」の理事長さんが、「まずは安心でき、人との関わりを回復することが大事」とフリースクールの存在意義について語っています。
関わりの中で、「勉強したい」とか「進路の相談にも乗って」という子も出てくるそうです。

しかし、法的な位置付けがないため、補助もなく運営が難しい現状です。
そこで、フリースクール支援の法律が必要になるわけですが…
原案については、与党から「学校に行かないことを安易に認める」との批判があり、修正案では、不登校児童生徒に対し新たな学校の整備を盛り込みました…

う~ん、学校に行けない子どもの学校って??
相変わらずの机上の空論…

以上です。
最後の文言、ズバリですね。頑張ります!

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東京新聞に載ります。困り感を持つ子供の支援をするフリースクール解説

フリースクールの現状や法案についての解説記事が26日の朝刊で掲載されます。」と東京新聞記者さんから先日、連絡いただきました。

これは当スクールも取材を受けまして、記者さんが生徒と触れ合ったり、私たちの話を聞いたりしたことも参考にしたとのことです。
紙面の1枚全面記事なので、あらゆる場に取材をされているでしょう。これがフリースクール多摩川のことだと分かるような記載はないかもしれません。でも、市民、各スクール等、行政サイド、学校職員さん、議員さんなど、着眼しているところは似ているところもあると思います。


特に記者さんからは2つの点を当スクール取材から書いた。。とお話をいただいています。

一つは、さまざまな思いや経験を経てフリースクールに来た子どもたちにはまずは人とのかかわりを回復できるようじっくりと付き合っていること。その中で、子どもの中には、勉強を教えてほしい、などの変化が見えることもあることを紹介してあるそうです。

また、法案や、文科省の検討会議などで今、フリースクールが教育制度の中に位置づけられるようとしていることへのジレンマも現場にはあるという点についても書いているそうです。制度の中に位置づけてほしいという思いの一方で、公的な支援にもなじめないような子をいつでも受け入れるよという姿勢で待っているフリースクールとしてはその良さを失うことになりはしないかという心配もある、という点についてです。

ここは私が(多くの不登校支援の皆さんも)いつも悩むところです。
「既存の行政のくくりに入れない子」「まだ恒常的な行動もはっきりできない不安定な状態の子」が教育や社会化学習や対人スキル学習を得るためのスクールでありたい、極端に言うと生徒うんぬんは関係ない、こもっている子、いつ来てもいいよの姿勢が存在価値でありたいわけです。なかなか難しいですよね。これだと教育、福祉の制度に乗りにくいのは確かです。
隙間にハマりこんでいる人への支援・・・

いずれは市や都に、このような場の存在価値の意義を認めてもらえるようになりたいともチラチラ思っています。


26日に議連もまた動き出すようで、記者さんは引き続き当スクールを取材してくれるそうです。

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10月3日(月)健足バーベキューです。スクールで夕食デー

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月2回の夕食デー、
自分で作る、皆と作る、食べる・・・・
「よくわからないけど、楽しい、不安感がなかった、嫌いなものが食べれた、たくさん会話していた、自分が動いていた」そんな声がでます夕食デーです。
さて、今回は。

14時 近くのライフで食材買い物。
14時半 緑道を健康的に歩き郷土の森河原へ行く。
15時 食材を切る、火をおこす(と言っても使い捨ての簡素なもの)焼く。
16時 食べる。
17時 遊ぶ、花火も少し。
18時 また健康的に歩いて戻る。
18時半 解散


徒歩は往復で小一時間、現地で多少運動もするので健康バーベキューです。
もちろん、家族、一般の方も参加可能です。

友達つくりしたいお子さん、軽いイベント参加したい人などご利用ください。
小500円、大1000円です。

市民ネット情報です青字を押してください。

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進路(高校)には自己特徴認知は必須ですが、それは安心の場で感じるべきです。

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昨日のスクールは8人でやや小学生が少な目でしたが、新しく見学に来た中学男子も輪に入り運動や知的ゲームなども一緒にできました。会員になりかけている子、体験中の子が何人かいて、元から居た生徒も「嬉しさも不安も出るのは当たり前」ですが、各自の成長が見られうまく関われていると思います。

これは「この場が大事」「ここにくる意志のある子なら大丈夫」と無条件に思える感覚が養われていることも意味します。例えば活動の中身によっては「入りたくない」「見られたくない」「自分の想定を超えてしまうと困る」これは少年期青年期誰もがありますので、それぞれ輪と言っても、自由な関わり方をします。それでいいので、学校等のように「居るならやらなきゃ駄目だよ」はありません。でも、各自実際の行動うんぬんとは別に「この場が大事」「居る人が大事」なことが全員が知覚しあえている風情が出ています。いい状態だと思います。


夕方、小学生が帰ったあと居た中学生には(写真)高校についてどんなイメージを感じるか聞き、具体例を説明しました。
具体例とは、現在の高校生の生徒の体験、OBの体験、他の場所で見てきた「対人や横並びに違和感を感じやすい子たちの」体験。これらを示しながらの進路設定となります


当然、ある程度まで進んでいない(それもまたいい体験中です)お子さんはイメージを持つこと、考えることの前段階ですので「自己の予測範囲のことは強要されない場、不安のないことしかやらなくていい場、それでもいられる場、今は独自の対人、社会所作でも許される場」と言うような感覚をスクールに求めていますので、進路の話もそうですが、普段も学習やら協調活動やらでは「え?こんなことも無理かえ?形だけでもテーブルにつかないものかね」とみられてしまうこともあります。

いいですか>これはその子の特性問題ではないです。その子の今の状態、今の環境が素因でそうなっているだけなのです。
だから焦る事はないのです。つまり、OBや現高校生も同じ経緯をたどって「もうその状態でなくなった」「自分で考える」「そのために自分の性格を客観視することも少しできてきた」「いわゆる自己正義だけでは社会に入れないので便宜上でもふるまいが必要だと知ってきた」その時からこうした結果につながる動き方をしています。

生徒以外のいろんな現場で見てきた「生きずらい癖」を持つ子たちの成功例も同じです。正直に言いますと、まだこっちもよくわからなかった十数年前は「この子は無理だわ」「ずっとせまい想定からはみ出るのを避けてるから」「自己の癖を見ないでまわりの非難ばかりを繰り返しているから」「言いなり対象を探すだけにエネルギー使うから」とややギブアップめいたことを感じたこともありますが、結果的には上に書いたことを今、感じています。

現在は社会の認識がかなりかわっていますので、高校、大学、働く場などにいろいろな受けができていますので、期待していいです。とにかく「個の事情は理解して、本人が気づくまでは緩やかに、時に枠外もあり」だけど「「自己の癖を見ないでまわりの非難ばかりを繰り返しすことだけは毅然と対応することにつきます。(分かってあげたいけど、その刹那にそのことで周りに影響がでると、個の本質がつぶされるパワーが場にでてしまうから)

ベースに安心の場感覚を持てていれば、皆、時間とともに成功例に近づくと思います。
スクールには中3、中2、中1何人かいますね?高校やOBもいます。いいことですね。
昨日は高校生が宿題の作文をチェックしてと言ってきました、皆さん「そうそう」かも?生徒の多くは理数系は平気、時には独力で成績上位までなるが、国語英語などは・・・・ははは。でも「チェックして」と言えるようになっているのです。


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自分を自然に。夕食デー‘お米9合食べました!府中こども食堂さんに感謝。

20日はスクール夕食デー、巻き寿司を作ろう!でした。
参加者は6人が小学生、総勢11名と2匹で頑張りました。
いつもは食が細い子まで、どんどん作りガンガン食べました。(子供の居場所つくり@府中さんにいただいたお米。)

また、準備、分担を「やってみる」「待ってみる」「見てみる」が出来ています。
さらには、食事が終わってからのゲームや片付けなどを、小学生軍団が自分たちだけで声をかけあいやっていました。
小学女子もすごく集中しながらも、まったりとした雰囲気も醸し出し、結局は男子より食べてます(内緒)
ある女子は「学校や外だと落ち着かず、味がしないんだよね。ここでならたくさん食べれるの」と教えてくれました。もちろん最終的には味がする場所を増やしたい、でも着実に成長し、耐性や慣れを身に着けるベースが出来てきているわけです。うれしいです。

中高生は小学生に声をかけつつ、場を楽しく公平に維持することを考えているような感じもします。

「おお・各自成長したなあ!」と思いました、なぜ?これは・・・・

スタッフSの企画、指示運営がばっちりだったのも大きいですが、元から生徒たちがもつそのスキルが安心して出せる場になっているからなのです。単純ですがキーは「安心」なのです、人への安心、場への安心が無意識に子供に入っているときはこうなります。
そう言う意味では大人としても「揺れながら悩みながらの数年間」に意味はあったなと手前味噌に思ったりします。すみません・この揺れながらと言うのは「困り行動を殊更、問題視しないとか、正論で触れずに分かるまで待つ」の価値と「守りの純粋培養を作り上げるだけでは子供の耐性が育たない、ある時は叱りつけることも大事だ」の両極端で揺れることです。信頼関係があると揺れても平気、素で接しても子供がそこで、自発的に何かをかぎ取るのかなと思っています。


では今日の様子です。
皆「切ってみたい!」は順番待ちがすごくなっていまいましたが・・問題なしです。
巻きに入ると「ワーワー」出来上がり「うまい!」「もっとやる!」でした。
次は河原でバーベキューです!

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子供ってどこかで「場に、ルールや導きのような気配があること」求めています。

スリースクールのようなところは「自由度がある事」「強制がない事」「個の事情を優先する事」「子供が見つけることを待つ事」「寄り添う事」を最大の長所と謳います。

それは真実でもありますので、どうしても説明の中に(あるいはイメージの中に)「学校で押しつけらていた事をしない」「これで子供は楽になり自分のやりたいことを見つけられる」と言う、いわば「魔法の言い回し」が先走ります。(否。正解でもあるんですが)

だけど、正解ではあっても、それだけじゃ結局、子供は窮します。ざっくり言うと「まだ成長過程なのに」指導されることや教えられることを無しにしてしまうと、(大概の子供は)自分で何かをみつけることが出来ず閉塞するのです。

不登校、行き渋りのお子さんの場合、「とにかく家からでること」「とにかく決まった場に通うこと」「人と触れ合うこと」を第一の意義としますので、はじめは「自由度がある事」「強制がない事」で安心して、その部分については一定の効果がでます。えらく明るくなります。でも、ずっとそのままだと子供側の方が自分から閉塞してきますので、スクールにぷっつり来なくなったり、強制されている感や横並び感のない遊びを主体にした時間帯にしか来れなくなる、そのようになった子も過去、少なくありません。(もちろん、子供は短絡的にそう行動しているのではなく、その中でも人学習や自己分析もしていますので、決して悪いことではないので誤解しないでください・この状態こそが「生きづらさ」なので、そこから脱するのに時間がかかることも不思議はないわけです)

要はどこかの段階で「怖いこと」「不安な事」「不満なこと」は周りのせいではなく、自己の課題から来ていることを少しでも知覚できるかどうかで、その後の行動が変化するのです。この知覚とはアバウトなもの、頭の片隅によぎるものを含みますし、意識はまったくしていなくても、日々の繰り返しの中での自然培いの要素も大きいです。その段階に来る前の子供に対して「子供って言うものはこうするものだ」「皆やっているぞ」的な諭しはほぼ逆効果が多いです。


でも、もう少し先に進んだ段階の子にとっては「安心」だけではなく「発展」「自己認められ感」を伴わせるのに、支援指導が相当な後押しになります。ここが難しいですよね?生きづらい子はその子がどこにいるかわかりにくい、動きやすい、しかも少人数のスクールであっても「いろんな段階の子が一緒に過ごす」子供は影響されやすい。邪悪な意味ではない「楽」に流れやすい。以前からよく言いますが、ここは仕方ないと思っています。

もともとは(もちろん一般的な感性の人の邪悪な思考と同じではないですが)「個優先思考」「場が予測できることでないと困る思考」「ある程度は自分が際立っていたい願望もある」「でも、そのための我慢や段取りはあまり考えつけない」「それとは別に、一般汎用性が薄い、いわゆる自己正義感、こだわりも守りたい」このような傾向が高い子が多いのです。
ざっくりいうと、まだ「1対1」とか「通級程度の人数」の中で誰もが持っている「望みと矛盾」をなんとかするスキルを高めるほうがいい、その方が安心すると言う状態の子は結構いるわけです。


例えば自由度の高い場で10人子供がいると、その中の7人は、場のにぎわいを喜び、見張られ感がないことで弾けます。しかし、どこかで「なんだか喧噪がつらい」「高揚感強すぎをずっとやるのもきついな」「この場にずっといるのはいやだな」と言う思いもします。つまり、子供って身体のどこかには「場に、ルールや導きのような気配があること」とか「大人がクールダウンさせてくれる事」も欲しているのです。(成長のために、わかっている人の支援や導きを必要とする年代とも言えます)


そうしている中でいずれ「ルールや導きと言うものは自己にも向いてる面があるし」でも「個で過ごす方が安心できる時間もある」と認識できるレベルまで行けば、人が多くても、自分で工夫して距離置いたりも、入ったりもできるので、本人はそこまで疲れないでいられるようになります。つまり、それぞれの都合がありますので、簡単にはわかりませんが「皆、成長も出てきているので。」いずれは「大人、あるいは想定範囲で動いてくれる自分の相手が常にいないといかん癖もなおる」し「極端に少ないコミニティに安心するとか、常にそこに自己都合想定を求める癖もなおる」訳です。それこそ受け止めが出来たり、自身の先を考えたり。これが先輩たちの成功例ですし、今の小中生にもかなり見えています。

現場では「個支援マニュアルや学説的解説だけでは立ちいかない事情」がたくさんあるので、支援側も保護者さん側も「ハラハラ」することも「疑問や不安」が生じることも多々出がち。でも各自の本当の社会性はそこから生まれますので頑張りましょう。


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魚嫌いのマグロ好き、やはりそうでした。(夕食デー前ふり)

NCM_4002.jpg 今日は木曜に来る子、体験中の子、
 たまに来る子などが重なり、
 結構な人数でした。

 運動時間は活発にボール
 運動をしていました。
 また、けがをしている子
 休みたい子はわんこと過ごし
 ましたが、2人とも「家でわんこ
 ほしいから散歩練習を」
 と頑張っていましたよ。 

夕方には高校生以上が増えまして久しぶりの10人超え。
やはりタコ部屋か!でもそれも楽しいですな。体験中の子も皆もかなり会話ができるようになっています。 

そこで、プレステ、ウイー、タブレットに夢中の皆に「魚嫌いと言うのだから、夕食デーの寿司はまぐろはなしね?」と声をかけたところ、大多数の子が「マグロは別。好き!」と叫んでいました。いつもはゲーム中に声かけると無視するくせにねえ。

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府中こども食堂さんから頂いたお米で、手巻き寿司に挑戦 20日夕食デー

昨日はすみれクリニックさん(小児、発達)、子供の居場所作り府中さん(こども食堂などを主催)、つまりスクールをご支援いただいているありがたい賛助会員であり、相互に協調しながら、よりよい地域支援を考える仲間で懇談会を開きました。

支援するお子さんの年代、状況、親御さんも含めた関わり方など、それぞれ異なる部分もありますが、根本的な思いが通ずるものがあります。今後のお互いの活動の可能性も広がると思います。

さて、こども食堂さんからいただいたお米、まだまだありますので、次回の夕食デーは以下のようにします。(市民ネット原稿のまま貼り付けます)


件名 手巻き寿司(にぎりもあり)作り スクール夕食デー
主催 NPO法人フリースクール多摩川
日時 2016年9月20日
会場 フリースクール多摩川
内容詳細 月2回行っている子供が作る食事会。今回は手巻き寿司に挑戦します。(ついでににぎりも)かき氷もあります。
すぐ近くのライフに皆で出向き、各自が入れたい食材を購入。ワイワイ作ってみます。前後のスクールでの活動も、食後のミニクイズ大会も参加できます。
4時から7時半です。一般参加OKです。(親子でも)
フリースクールを見てみたい人ぜひどうぞ。
スクール見学の場合は3時から

イメージ画像
対象者 3歳から18歳
定員 8名(生徒やスタッフが10名前後います)
費用 大1000円、小500円
申込方法 電話かメール 
締切日 前日まで
地図・案内図

問い合わせ先 042-319-0408
freeschooltamagawa@vesta.ocn.ne.jp

にぎりも挑戦します。
「魚は大嫌いだけどマグロは好き」・・・・・
これあるあるですよね?なんでだろ?



前回の様子、この文字押してください

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不器用です、時間がかかることもありますが・・・

もう高校生ともなると、こうしたブログはすぐ見れます。なので、どうしたものかと思いつつ、しかし、今回言いたいことはこれまで見てきた多くの児童青年に当てはまる事だと思うので、やはり書きます。

二人の高校生、どちらも「表現や動き方が超不器用で時に誤解される性質」です。これが幼少時から中学くらいまで、「それは変だ」「戒めろ」とか言われるので自己の癖を客観視するよりも、その場の対処に焦ったり、自分とは性質の違う多くの人に合わせることにも、それでいいのか考えすぎて、はっきりしない不安がつきまとったりしているうちに、「自我を出さない」「焦点を作らない」「責任をともなわないツール頼み」のような所作を身に着けています。もう少し厳密に言うと自我や自身が客観確認できていないとも言いますが、今回はそこはおいておきます。

今日、この2人がずっと会話していて(1時間以上)学校の事、親のこと、バイトのこと(2人ともやったことない)など話して意気投合していました。いいですねえ、この前まで私たちやOBにしか話していなかったような内容が、青年通しで展開しています。
しかもゲームのことなどこれぽっちも(2人とも超ゲーム好き)話していません。必要ないわけですかね。

また、この2人はもう数年在籍していますが、大人や先輩、友人を介してしかそんなに話さない仲でした。特にA君は学習大好きでスクールでも皆の前でも一人でもこつこつやって、結果が出ると(まあ、学習が自己不安を消す材料だと言う不器用さもありまして)大喜びで、それが全員の喜びのごとく吠えて、繰り返して、知らぬ間に、笑いながら周りが引くような性格です。片やB君は自己の対人葛藤などの影響で、学習の積み上げが出来ず、スクール内ではそれに関わる事は恐怖で、(これは卑怯でもなんでもない)ゲーム等で周りの子と関わることに専念していましたので、互いに個で関わるようなシーンがなかったのです。

だけど、複数年過ごすうち、お互いの「深の素」が分かってきたのか?慣れたのか?わかりませんが、今日は、いろんな愚痴や本音を言い合ううち(すいません保護者さん批判合戦もあります。これ、でき始めての成長ですから)、理数満点だが文系やや弱いA君が「もうすぐ宿題の作文だ嫌だ何も考えられない」と言うと、B君は「俺も明後日テスト、そういえば家庭教師に教わった作文の書き方教えてあげようか?」そこから2人で30分もああでもないこうでもないやっていましたが、すごく楽しそうです。楽しいから?B君すごく説明がうまいです。才能あるぞ。「スクールでは学習的なことは嫌」と言うオーラを出していた人とは思えないです。A君も普段あまり見ない(失礼)「聞き入ったり質問したりして」最後に「助かったありがとう」と言ってニコニコしていました。

互いの経緯、学校、その形態、成績、違いはあります、それも「ゲームをツールにして」「他の友や大人を介して」しか関わりにくかった遠因かもしれません。これも学齢期青年期ならば、とても当たり前のことですよね?。

それがこうなっている。本当は便宜上のツールは関係ないんです。早い話、信用しているのです、相手も自分もです。
イコール、まだこの場だけかもしれませんが、とにかく「誰もが持つ思春期青年期の不安定さも越え」「個が持つ事情、癖を超えたこと」になるかと思うのです。不器用なので?時間はかかります。やり方もきっかけも要する時間もマニュアルとは違います、でも人も自分も認めるきっかけ、大きな学習ですよね?


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こどもたちを思う気持ち、直接、間接に活きてる周りの支援、応援、協調。

NCM_3960.jpg 休校にした木曜の多摩川です。
 水の流れがすごい、河原が水で覆われて
 いる!と言っても、大したことなかった?

 早速、金曜に生徒から怒られました。
 「読みが悪い」うわ!きついなあと思ったら
 「でも、万一のために休んだんだものね」
 一度下げてからほめる、納得を表す。
 素晴らしい、気持ち入り話術だ


これ、大人でもできなくて(下手で)誤解される人いるのよ。
 
土曜は「両隣の障害者就労支援、プロジェクトけやきのもり、輪の会」の職員さんたちのバンドが、府中の市民生涯学習センターで演奏しました。スクール生徒も、普段仲良くしてもらっていますので、私はOB生徒YNと一緒に見に行きました。途中での食事やホールでのそのOBの装いに改めて「成長したなあ」「根の良さを隠さないで出せるようになったなあ」と感じいりました。 

スクールではある程度の年齢、転換期になるにつれ、普段のこども集団での動き、感じ方体験に加え、「深く話す、自己解放する」ような大人とのかかわりも大事になってきます。カッコイイ言い方をすると「信頼できる人に相談、一緒に考え自分を作る」とかなんとか言えるわけですが、実態は「安心できる相手に愚痴る、不安を言う、形になっていない何かを体から出す」とも言えます。もっと正直に告白すると「何が各自に良い寄り添い方か、どれが功を奏したかわからない」ような面もあります。
(対外意的にアピールする場合には一緒に学習したとか縦割りの中での自己がでるように寄り添ったとか、社会や家庭の不満、不安を相談され導いたとか進路を一緒に考えたとか、いくらでも言えますがそれは当たり前のことであって。)

なにしろ、そのような個の関わりも大事にして、スタッフが夜遅くまで残っている日々はスクールの価値のひとつであることは間違いないと自負しています。それが子供たちにとっていい形で作用していると思います。

また、近隣の小児科さん(発達相談も評判の医院です)、こども食堂さん、元生徒保護者さん、市の関係、学校関係などからのあらゆる形の支援応援もありがたいところです。時には見学の方が「結果的に自分の子は来れなかったけど、たくさん相談出来たし、それでスクールは存在意義があるので協力したい。」とご支援いただいたこともあります。生徒保護者さん方も赤字を心配してくれて「自分の子供の関わり具合だけで見ないで、場を維持することを公平に考えよう」と提案することも多く、皆さんが本当の子供の支援とは何かを意識されていることは明白です。

なかなか理屈だけだと難しいのですが、個の所属うんぬんではなく、子供の支援を地域でとらえ、社会でとらえていく「純粋博愛」「子供が国の財産?」でもあるわけです。そして、その支援応援が子供たちの成長に直接間接に活きています。とてもありがたいです。

とは言っても、こちらはその思いに甘えず、個人が極端に負担を強いられない方策を常に模索していないといけないと考えています。ありがとうございます。


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子供の本心に触れる喜びと悩み。ニュアンスが分かる記者さんでした。

NCM_3996.jpg 今日は東京新聞の取材を受けました。

 皆で魚の漢字カルタをしているところを
 女性カメラマンさんに写してもらいました。

 魚の名前漢字は大人でもわからない
 ので、普段はこのかるたに関しては、
 途中脱落続出で中止が多いです。

 でも、取材を意識した皆は集中している間に

いつからか、楽しそうになっています。「ほら見ろ。なんだって気の持ちようでしょ?」「学習もそうだと思うよ」なんて子供たちに言えば「何言ってるの?」と引かれてしまいますが・・・・。

今回の記者さんは質問内容が「課題の本質」が想像できている人のそれでした。それだけ生身の世界に生きている?分かりませんが、こちらは安心して「ともすれば、フリースクールのとりあえずの社会地位確保に遠回りになる」ような話もしてしまいました。
(そこは記事にもしにくいでしょうが、私も場によっては実を得るために表現を変えたり、落としどころを考えたりはしますので、おそらく記者さんもそこは同じように考えてくださるでしょう)

意気投合?したように感じた点ですが、

「学校と対比させてみる場所ではない」「枠で見る場所でない」「参加形態の自由があって、個の調子次第でいつでも受け止められる場でないとダメ」「何人の教育保育をしているかではなくて、受け止められる準備ができていることや送り出す準備ができている形に一定評価が芽生えるような行政システムになってほしい」「そうでないと、いろんな事情、良化退化、繰り返す事情もある子供やその親のためにはなりにくく」「第二の学校のような位置づけしかなくなる」「それでは。今度はフリースクール不登校が増えていくかも」「子供や保護者さんに、相談や見学だけでもよく来たねと、思ってあげることができる社会」がいいです。

「なによりも、なぜに不登校を選ぶのか?についての分析が杓子定規ではだめ」「いじめと言う単語、疲れと言う単語だけでシステム化していては学校の代わりに成り下がる」 「不登校はこの時期の課題ではあるけど、本当は人のかかわりに困り感を持っていること、その表出の仕方や周りの対応がさまざまある」ので、それが、どのようなものなのか「社会はたくさんのケース研究をして支援すべき」

こんな感じです。 
昨日のブログに書きましたが、誰も悪くないんですが、根幹にあるものを「現場にいない人、よく知らない人には想像しにくい」「すべての感覚が同時に浮かび処理できる人から見ると、第二の学校でいいじゃない」でしょうが、それは「支援学級」「通級」などと同じ見方になってしまうのですね。しかし、不登校状態の多くの子の能力値はそれとは異質です。人関わりの課題があるだけです。その課題克服には、あまり個別感や特別感のない支援、極めて自然なグループ活動で培う一般感、人耐性がいつでも提供できる場があるといいと思っているわけです。さすれば先々、元の能力値は行かせるのです。誤解さえ受けない動きを体験学習していければ。

(すみません。また長くなっています)

NCM_3999.jpg  NCM_4000.jpg

>運動時間からは、OB大学生学校帰りの小4女子もきてにぎやかに過ごしまた。今日は小4女子は運動会練習で疲れたそうで、見学ベンチです。夜近くになってからは、高校生2人も合流、なんやかんや盛り上がっていました。高校生には「今新小学生も多く昼はそこがメインになるから、君ら気疲れするのがつらいのだろ?」とふざけていじると「わかりますよね?バレバレ?」と焦っていました。「いいんじゃない?普通ですからそれ。」と答えつつ「でも中学生はなんとか相手しようとしてるぜ」とからかうと、もごもごしていました。


そう言えば、今日も相談や見学希望の電話やメールをいただいています。
今が一番多い時期、それだけ本人にも家族にもつらい時とも言えます。
適当な安直アドバイスはできないですが、しかし「食う、寝る、ゲームでもテレビでも使い何かする」だけでもできてると、心配ないとはお話ししています。



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自発的に休むことの意義??根にある純粋さ優しさを誤解されない装いを培うこと

NCM_3957.jpg こちらは他の子たちが運動を
 している時、休んでいる子たちです。
 ベンチにいる子はいつも同じでは
 ありません。


 どの子も「休もうと感じたとき」は
 このようにしています。理由は
 いろいろあります。

単純に「身体が疲れた」「今皆がやってる運動は苦手で疲れた」「人のレベルに合わせるのに疲れた」と言うようなものから。
「人の数に疲れた」「同じ行為を強いられている感に疲れた」「思ったように目立てないから疲れた」や果ては「自分が入ると迷惑かかる気がした」と言う切ないものまで、理由はもっともっとあるかもしれませんね?でもどれもが、誰でも感じるような自然な感覚です。


ところが時に・・・・
「例えば、5個の項目を一気に頭に思い、それを瞬間処理して認知や表現をする事が(学習しなくても自然に身についている)一般の多くの子」ができることが、うまくできないで「5つ目が気づきにくいとか、3つ目で動くなどの傾向があるお子さん」の場合には、現場(いわゆる集団社会)では、当人はひと段落前の理由で休んでいても、傍目にはしっくり見えないで、自己中とか意味不明に誤解されてしまうこともあります。

特にそれで「子供の根にある優しさ、純粋さ、人好きさが真逆に、特に損得勘定で動いていると誤解されそうな時」、私たちはとても焦るし、つらい訳です。

でも幼児期からここまでに「5つの事を思い描き、処理することが当たり前だ、きっと誰もがその筈だと思い込んでいる人間」からは「3つか4つのことだけしか見えていない中で生真面目に正直にやっている人」もいるとは想像しにくく、その人が不可思議で、利己的に見えてしまうのは、そんなにおかしくもないわけです。ここが難しいです。よく「理解しない周りが悪い」ような論調で当事者を煽る支援者もいますが、私はそれは嫌です。煽る行為は「困り感のある人を利用して、発言側がステイタスを得る技」みたいな気がします。本当は誰も悪くないです。

そうした事情も結構ある中で、スクールの運動時間、各自が「自分とっても、場にとっても自然に休むこと」が出来ているので、このようなシーンは良いことだと思います。

さらに、例えば、この写真のような感じで居るとき、近くにわんこ散歩が来た時とか、超幼児ギャング軍団がわっとベンチに走ってくる時などは、ピー、かんは焦って吠えます、威嚇します。そんな時、生徒たちはわんこの気持ちに寄り添いながら、一生懸命に宥めます。酷いときは興奮したピーに攻撃されそうになったりしますが、奴らは「大丈夫だから落ち着け」と抱えたり撫でたりしています。その姿は子供たちが「やさしさ、純粋さを生かした装いの積み重ねをしている」事を意味しています。何も気にしないでそれができる場です。

また、普段、運動している時にも例えば、隣の家にボールが入った時JYが「おお、ちょっと待ってて」と言い、猛ダッシュで向かい、まったく物おじせず取ってきます。私の勤務していた2か所の学童ではJYのようにサクッとできる子はそんなに多くないです。

さらに。例えば、SHやKKは「下級生や運動苦手感のある子」への気遣いが出来、同化して楽しもうとする意識、忍耐力が高いです。他の生徒も元から同じような性格なので、素直にその装いが出来出してています。

「あまり運動は得意でない」子たちもここでは「ごめん」「うまく出来なくて」と発する事に恐怖を感じないようになっていますし、それでも一緒にやることが増えているのは、得意側の気持ちに触れ続けているからでしょう。おかしな言い方になりますが、不得意側もやさしく、純粋で人好きだからマッチングしているのです。そして運動以外の何かのときには役割は交代します。

しつこいですが、これ「学童ではなかなか難しいんです」誰も悪くなんてないんですが、強者の理屈に集団維持が重なってしまうのです。(もちろん職員はそこと戦っています)

なにしろ、スクール生徒の皆に共通している純粋なやさしさ、正義感、損得など考えない性格は、隠さず素直に出せること、これが先々の社会生活で2次的な困り感を産まないための必須項目です。この場で向き合ったり休んだりしながら体感学習していること、それをいろんなことに応用できるまでの「誤解されない自分のやり方」を見出していきたいですね!

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9月8日 台風影響を考え休校です。(出会いと再会が、楽しい時なのに残念ですが)

ちょっと「休むことを決めるのは早いかなあ」とも思ったのですが、もしもの時の皆への連絡やら安全通学確保など、なにかと心配なので8日は休校とします。

ちょうど、今の時期は夏休み明け。スクールは久しぶりの高1女子登場、皆、とてもうれしそうでした。
また、今日も見学の小3年男子が来てくれ、皆と運動やゲームができて楽しそうでした。
夏休み明けから体験中の小3女子も何かと関われて、運動にもゲームにも参加しています。

恥ずかしがり屋の中学生組も、OBのSKくんや久しぶり高校女子がいたので、それを頼りに新しい子といろいろ関わることが出来まして、ほっとしつつ楽しそうでした。先日会員になったばかりの小5KM君は明るいキャラで、すでに皆の潤滑油的な面も出しています。体験中の中2男子もそろそろ顔出すと言っています。

いつも、思うのですが、ここに来る、どのお子さんも「落ちついている時に出る人の好さ、気の回し方は」かなり純度が高いです。

そう言うわけで、明日は危険(物理的な意味とシステム的な面で)なので休みにします。
木曜に来ることが多い小3TK君には申し訳ないが、そのうち、新しい仲間、懐かしい仲間と触れ合ってほしいです!

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体験中の小学女子、中学男子も交えて夕食デー 面白かったです。

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今月1回目の夕食デーです。体験中の2人も入って盛り上がりました。(計10名)
 
恥ずかしがり屋の高校以上や小学生たちが少し欠席しましたが、それでも賑やかに、各自、思い思いの調理をやっていました。「俺はできないよと話していた小学生KM君もしっかりやって「少し味が薄かったな」などと言いながらニコニコ食べています。

体験中2人はかなり手つき良く、特に緊張もない様子で立派なシェフになっていました。
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料理自慢のSH君は「必殺納豆炒飯!」納豆が苦手な人(私も)は味見ができませんでしたが、上出来だったようです。
小学生TMちゃんはなぜか「わんこの餌やり忘れた!」と(近所の)家に急に帰り、戻ってから調理して「おいしい」でした。

早く食べ終わった人からかき氷作りに突入していますね。
 
その後、高校授業が終わってから駆け付けたTH君、取り置きの炒飯をがっついてから、全員でクイズ大会をしました。
「おへそチーム」対「お尻チーム」で戦ってもらいましたが、よくみんな「どうして自分のチームがその名前なのか」質問しなかったものです。(もっとも、訊かれても思い付きなので答えようがないのですが)

なにしろ、新しい子もチームワークよく、良いバトルになったので面白かったです。

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9月5日 スクールで夕食デー 多数集まるのでクイズ大会もやろうかな

第一月曜5日はスクールで夕食デーです。
今回は各自の考えたオリジナル炒飯作りになります。
OB大学生、高校卒業者、久々に来てくれる子、生徒外の人などが来てくれますので、かなりの人数になります。ふと考えたのですが「各自作ってみよう」「いい出来になったらコンテストにしよう」などと盛り上がっていましたが、調理の場所(コンロ)が2つしかないぞ?これで十数人がオリジナルに挑戦できるのかしら?

鉄板 まあいいか。
 この写真(中身は過去のもの)の
 電気鉄板も広げて数カ所でトライ
 しましょう。
 でも「家で練習してみて」
 と言ってあるから、
 皆はフライパンで煽る技
 を覚え、自称調理人に
 なり切っているかも。



ううむ、でもいいです、せっかく人数が揃うからクイズとかジェスチャーゲームではしゃぎ、親睦を深めればね?集うこと、食べること、同じ方向を見ることが結構楽しいものだと、経験してくれれば成功としましょう!

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どんなボランティアさんが長く関わってくれているのか?

今回はわかりやすく説明するために、いささか冷血に書きます。そしてまた長いです。

(本当はこれまでスクールにボランティアとして訪れてくれた方々全てに、もっと人情や包容の気持ちなどが見えていましたので、この文章に出されている課題を理由に、私たちがその方々の対応に困ったなどと言う意味ではありません。どちらかと言えば、せっかく来てくれたのに申し訳なかったなと言う思いの方が強いのです。それほど難しい面があると言うことを説明したいのです。)

ちなみにスタッフも「実質は交通費と食費程度の謝金で来てくれているので、世間ではボランティアの範疇です」

さて、これまでスクールには100を超えるボランティアさんが訪れてくれています。説明のため100人とします。

なぜにそんなに多いかと言うと「学生さんが就活のときにボランティア経験をしていたとアピールできる場の中で、特に教育保育福祉関連は人気があるからです」だいたい50人がこれに該当します。当初はある意味ではギブアンドテイクだから、半年一年でもいいかなと思っていたのですが、40人は1か月以内とか1,2回で来なくなる結果です。(もちろん数人は継続できています。)

教師や保育士、福祉等に進みたい学生さんは10人程度ですが、継続して関わってくれる方がかなりいました。今でも数人います。さすがに「誠意や慈愛だけではない何かを必要とする」「自分がこうあるべきだと思っているだけでは煮詰まる」ことが分かっているとも言えます。

また特に就活は関係なく「自身に不登校経験、生きづらい性格などがあるからスクール児童の役に立ちたい」と言う気持ちで来てくれた人も20人はいます。この「くくり」の々は継続確率が高いように見えるかもしれませんが、実はそこまで多くはないです。理由はこのブログのボランティアの話題で過去、書きましたが「まだ、生徒として参加するほうがいい、それで社会性や自信をつけるほうがいい」状態の方も多いからです。これは社会人でもそう言うケースが多いので後で説明します。

社会人の方はおおむね30人です。大別すると教育保育経験、福祉経験、育児経験のある方が7人、ご自身が同じような経験がある方は10数人。あとは何かボランティアしてみたいと言う気持ちで訪れてくれた方が数人です。それぞれの「くくり」の中から継続的に関わり生徒との関係性をつくってくれている人がいます。

さて、この中の「同じような経験を生徒に役立てたいと言う思いをもってくれている方」には、学生の説明のところにも書いたような、ご自身の事情がまだ生徒側にいるべきと見受けられる方も結構いらっしゃいました。ざっくり言ってしまうと、「ボランティアをする」以前にご自身の生活の基盤が弱い?気持ち的な余裕がない?感じで、生徒よりも生徒みたいになってしまうのです。(ご本人のせいではないですが、違和感が出たり、無料生徒みたいに見られたり)

もちろん(これも以前書きましたが)その方たちがスクールに関わりご自身の安定や社会性を培ってもらえるのは、本来は素晴らしいことではあるのですが、なかなか現実的には構造上無理があるわけです。

ちなみに「善意で支援をお願いするボランティアと言う性質上、一段落前の私が書いたことを言うのはタブーとされています」「はっきりとはさせずに施設側がゆるゆると、すみ分けしていく、善意を傷つけないことが大事なのです」
(でも書いてしまいました。これが私が体制側に非難される癖です)


結局。ボランティアに来てくれた方の約8割は長くは続かず縁遠くなっています。
これは私が関係していた児童養護施設でも同じような気配です。

なぜでしょう?簡単に言うと「支援側の気持ち通りに子供が反応しないことで大人がめげてしまうことが多い」「子供の背景を考えて耐える時間を計算しないで、気持ちだけで訪れる方が多い」「自分の理想の形でできると考えていた方が多い」「(決してそうは思ってらっしゃらなくても)おいしいとこ取りのような気持だけでは厳しい現実」「まだ自己が不安定で依存度が高い状態のようだった」などなど、人によっていろんな理由の見え方がありました。

これらはスクール側視点で具体的に言えば「不登校、発達障がい、心的トラウマ等々に起因する子供の複雑な思い」「その言動の裏表」などの事前、事後留意点を学習する意識が弱いとそうなるわけです。


このような事を察知して、子供たちの抱えている課題を一緒に考えながら寄り添う人も20人近くは居たことになります。今も数人が関わってくれています。(先ほどの説明のどのくくりからも、そのような方は出ます)皆さん、かなりつらいこともあるはずです。ふと「なんで無賃金でここまで心を痛めないといけないのか?」「なんで自分の思いが伝わっていない感覚が芽生えるのか?」と大人側が疲弊していくシーンは相当見ています。

それでも来てくれる「明るくしてくれる人、じっと寄り添ってくれる人、独自感を出してくれている人」が不器用な子供が素を出す喜びを体感することを手伝ってくれています。その時、皆さんは一体感で喜びをにじませているのが私の救いです。また、はっきりと意見交換したわけではないのですが、継続してくれている方の多くは「間接的に親御さんのつらさを少し軽減させる気持ちを無意識に感じている気がします」。これはやけに上から理屈に聞こえるかもしれませんが、保育、支援の場ではあり得ること、大事なことだと思います。なにしろ、長く関わってくれているボランティアさんに感謝です。その方々にとって、この活動が将来何かの役に立つことがあるはずだと思いたいです。もちろん、時に推薦状や紹介状なども書いています。ありがとうございます。


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9月 新しい出会い、不器用で誠実な子達、期待と不安は渦巻くけど

今日は女子の小中学生が見学に来てくれました。明日も中学男子が来てくれます。

NCM_3273_20160901232700cde.jpg 左が今のピーです。
 これが1,2か月でこうなります。
 さらに時間が経つとロン毛犬です。
 出会えた皆にもそれを見てほしいな。  

   NCM_3652.jpg

と大人は好きな事を言ってますが、子供たち、来る側も迎える側も人との関わりにおいて、周りから「やけに誠実だとか、やけに自己的だとかの不可思議感や誤解を招きやすい癖がある」人種です。当然、自分たちも揺れますので、今日もあれこれありましたし
年代の高い生徒の中には、見学の子と会うことを怖がり休んだのかと心配になるケースも出ています。(私の思い込み?)

私の言い分は「それは、はじめはそうだろうけど、時間が経つと、特に困り感を分かり合えてるから。結果的に十数人の仲間と連帯感や気配り感をもって活動できているじゃん」ですが、これは大人の理屈です。当事者児童は、旬で純粋に自己特有認知を図りますので、期待と不安でかなりユラユラです。正論で説くともっとわけわからん。正義がわからんになりがちですし、この時期は大人も胃が痛いんだよなんて言ったら「火に油」です。

私たちは前段の思いで「耐えろ」「見つけろ」と心の中で応援しているしかない訳ですが、成功例と言うか結果オーライ例をたくさん見ています。究極は子供の力なのでしょうね。結構強いんですよ?

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縦割り(異年齢のいたわりや指導で安心する姿)横割り(同年代の小緊張の中で何かをつかむ姿)

?8月31日晴れ、集った小中生、大人の8人で水鉄砲やりました。
私も戦士になっていたので写真が少ないのですが・・・・王様を守るチーム戦、的を射る射撃戦、なんだかわからない戦いと1時間以上走りました。つらい!けど生徒たちの笑顔を見ていると幸せです。近所の幼児がうらやましそうにしているので、誘いたかったのですがびしょ濡れになるのでやめておきました。またボール遊びのときね?

NCM_3927.jpg NCM_3930.jpg
わんこたちは「下手に近づかないほうがいいと判断したようです」他の中高校以上はせっかく武器を購入したのに風邪気味の子、急に用を思い出した子、学校で講習のある子などもちらほらですが、1人高校YT君が来て、応援とわんこ番をしてくれました。片付けも手伝ってくれ、助かります。

NCM_3933.jpg 予定時間を大幅に越えたので「終わった頃
 来ようと考えた数人」は、挙動不審に公園の
 陰から様子見して面白かったです。
 (これ言うと激しく怒るかも)

 その後急いで氷を買いに行きまして皆でか
 き氷です。今日は普段、来る日がばらばら
 の小学生が揃い、和気あいあいでした。
 いつものように食を作るほうには食いつか
 ず、ウノをやっています。

この時も高校生がうまく絡んでくれていますし、他の中高生 や成人生徒はかき氷を作ってあげていました。

ひとり、高校の講習が終わってかけつけた生徒は7時半になってしまい、多くの生徒が心地よく疲れ、もう落ち着いてしまっていたので拍子抜けした様子でした。でも、本人が結構大変な高校生活のあとでも、スクールに顔を出したいと感じているのは嬉しいですし、この子の大人への設計に役立っていると考えています。

同じく、高校卒業後、就労支援作業所で活動している子も来ました。なかなかパッと皆と話が合うことが見つからないので、困ることもあるでしょう。でも定期的に来てくれています。(今度スタッフSが作業所に会いにいくつもり、いい関係です)
 
また、しばらく来ていなかった小5女子もそろそろ顔出したいと言っていると保護者さんから聞きました。うれしいですね!

つくづく思ったのですが・・・・スクールは・・・・
縦割りの良さもたくさんあるし「いつも守られている感のない空気で」横仲間の大事さを体感する良さもあります。
今は各年代、この両方が経験できる場なのでいいのだろうと考えています。


見学の予約もかなり増えています。タイミングや縁は読めないものの、今の生徒たちと同じ感覚で過ごせるようになるといいです。
その感覚の大事さは「不登校」と言うワードと比べるのも馬鹿らしいほど、大事な事だといずれわかってきます。ある年代からこれが分かりかける子は工夫も挑戦も、そんなに苦しくなく見れるようになりますよ。 

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プロフィール

とびたくん

Author:とびたくん
府中のフリースクール運営しています。児童養護施設職員、学童保育指導員、主婦、不登校ひきこもり経験者、保護者、元教師、大学生が仲間です。私も家族が障害に悩み不登校になった経験があります。「学校」に囚われず、フリースクールのほうが合う児童がたくさん居ると思います。学習、遊び、ゲーム、料理、イベント、わんこの触れ合いなど、安心できる場。同じ空間の住人と認め合う、何かしたくなる、知らぬ間にリズムや社会性が身につくのが理想です。安心や自信をつかんで復学した子もいれば、将来にむけて今はじっくり過ごしている子などさまざまです。自由です。皆で通じ合いましょう。
NPOフリースクール僕んち、NPO調布青少年の居場所Kiitos、NPOフリースクール全国ネットワーク、一般社団法人 発達心理ライフケア協会の皆様にご協力、ご指導いただきながら、生徒会員や保護者のみなさんと頑張っています。
お問い合わせメールはfreeschooltamagawa@vesta.ocn.co.jpです。

 →スクールのパンフレットです1  →スクールのパンフレットです2

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