府中(多摩地区) NPO法人フリースクール多摩川 不登校支援
                         育児、学童保育、児童養護施設など集団の中で悩む子どもを見てきました。疎外感を持つ、空気がつらい。発達障がいや心的ストレスを理解してもらえない。皆、居場所や仲間を求めてます。 府中市住吉町1-60-10。℡042-319-0408。http://freeschooltamagawa.net。リンクからも行けます。

いろんな子の居場所として機能していたい思い

NCM_4682.jpg 今日は体験中の
 小中男子に加え
 新見学小男子、
 さらに通信校に
 行きスクールに
 は顔出しが減っ
 ていた女子が
 久しぶりにきて
 賑やかでした。

 このまま今日は
 来ていない子たち
 も合流すると
 個別机が足りなく
 なる勢いです。

「俺は勉強しないから机はいらない」と言うなよ!そんな事言うと「立派な荷物置き場じゃん」と嫌みで応じるぞ!と言うのは冗談ですが、仲間が多いのはうれしいことです。同時にそのために過緊張になったり、個のニーズに合わない集団動きが求められることも否定できない面もあります。来てくれる子の個の事情にすべて対応するのは本当は無理なんです。

でも、そんな中で皆は社会学習しています。「想定内のことだけ求めていてはうまくいかないことが何となく認められる」とか「楽しいことが一瞬でそれ以外のこともあるけど、それでもいい気もする」などは大人になるまでの必須乗り越え事項で、これをいろんな形で生徒たちが吸収しています。ある人には簡単に見えるかもしれませんが、ある人には相当なエネルギーや勇気が必要でもありますし、時にはあえて、そこを考えないような時も大事だ。

そんなかっこよくは言えませんが、何しろ、いろんな事情、環境、年代、性別がある。欲張りですが・・・
皆にとっていいスクールでありいい居場所でありたいことを望んでいます。



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活かしたい潜在能力?(また仲間も増えそうです)i

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「投げて!」です。皆、つい答えてしまします。ダッシュでとりに行きまた持ってくる。
しつこいです。でも待っていると、急にボールを噛み続けそっちに集中します。
じゃあ、もういいかと別の事やりだすと、そこにボールくわえてきます。
例えば、ボードゲームとかしていると、わざわざ盤面の上に落とし、台無しにします。
ここで「おいやめろ」と言いながら。皆嬉しそうです。しつけがなってないですね。

さて、スクールの公園運動ではドッジボールやミニサッカー、ふわふわ野球で・・・・こんなことが見られます。

まず、うまい子の場合
全体を見れるようになっている、不得手な子が楽しめるように工夫している、そんな中で(なんちゃってではありますが)球技としての質がいい状態で成り立つのは、この子たちが「先を感じ、全体を見て、出るときカバーする時、それぞれ動きを考えながら、悩まずに即動けるようになっているからです。

学童や施設経験から思うに、そんな風に動ける子は少なくはないけど、決して多くもないのです。まあ、平たく言うと、うまい子が場をつまらなくしても自分だけが満足しているドッチボールなどは、典型的な例です。現場で意識ある大人はとても悲しくなると同時に「子供だからこんなものでしょ」と言う言い訳で慢心する大人もいます。
(この慢心型がいじめ問題を語るようなとき、私はとても腹が立ちます。)

話がそれました。運動苦手な子もスクールには結構きます。そこがつらくて学校から縁遠くなった子も少なくないです。この子たちは当初は「自由参加でいい」ことで安心します。苦手なのでやらないこともあります。でも必ず参加するようになります。ほんの少しでもうまく出来たことに喜び、さらにうまく行くように挑戦します。当然、傍目からは(できる人からは)「それだけ?」とか「まだ下手だ」「動きが変だ」のようなこともありますが、やっている子の気持ち、向き合い方が伝わるので、自然に受け止められるわけです。からかうようなことは出ません。見え見えの応援も出ません。(私やスタッフはたまに言ってしまうが・・・)

生徒たちがこのように運動時間を一番大事な時間としているのは場や仲間への安心感基本となっていますが、裏を返せば、その安心さえあれば、上に書いたような能力が出せることにもなるんだろうと思われます。
だから、学習や食づくりやものつくりなどの協調活動でもそれが出始めている子が多くなるのかなと考えています。

これは「なんでも個人の自由だよ」とするだけでは生まれません。潜在能力の一部は適応能力でもあるのです。また、そもそも人は苦手なことが多いものだと言う認識も呑み込めて来ると変わります。

今週も何人かが見学に来てくれます!
このような場で安心していきながら、潜在能力を引き出してほしいなと思います。

所属?など関係ない、人に対する自然な意識は大事でしょう

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府中8中近くのコーナンです。ここのペットショップで大きくなってしまった甲斐犬君がいまして、ずっと心配していたのですが。一昨日スタッフの方が「いい人に巡り合え買ってもらえた」と嬉しそうでした。ホームセンターなどのショップはわんこを見るだけのお客さんが多いので、ぶっきらぼうなスタッフもたまにいます。でも、ここの人たちは動物好きな人は仲間と考えている感じです。

これは子どもや人に対しても同じですね。
所属とか枠とか立場とかは関係ない、自然な人間愛?のようなものが出せる状態に
なっている人は魅力的です。スクール生徒はどんどんそこが芽生えていると言うか、
元のそれを隠さずにイキイキできるようになっていると思います。

緊急 本日(24日)雪のため休業します。

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迷ってしまい判断が遅れましたが、思いのほか雪が続く見込みですし、電車バス利用のスタッフ生徒も多いので
安全面、健康面を考え、念のため今日は休みにします。今は京王線30分以上遅れらしいです。

本当はこのわんこのように、皆で自然を受け止めて弾けたかったんですが・・。
仕方ないです。お仕事されている保護者さんにも急で申し訳ないです。
よろしくお願いします。

教育機会確保法案 衆院委員会可決 本当は全国民の皆さんに議論してほしいことです。

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 昨日に引き
 続き、今日も
 見学児童が
 来てくれて
 生徒たち、
 照れつつ
 歓迎です!

 公園ではじけ(実は運動苦手が多いが) 帰ってからはゲームや会話で盛り上がりました。
大人はいいね!ですが、子供たちは緊張と高揚の中いろいろあったでしょう。

こうして、多摩地区のひとつのフリースクールでも平均月に7,8人は何らかの打診がある。ここには来なくても、いろんなところから困っているお子さんの情報も来ます。当然、私たちは縦割りの仕組みの中で活動しているわけではないので、どこで出た話かは関係ないです。「さて、その子にとって何がいいかね?」と相談し合います。そんな日々です。前置きとして現状をお伝えしました。

ここから産経新聞さんの記事を引用させてもらいます。

フリースクールなど学校以外の場で学ぶ不登校児童生徒を支援する教育機会確保法案が18日、衆院文部科学委員会で自民、公明などの賛成多数で可決された。今臨時国会で成立する公算が大きい。
(もちろん、民進、維新も賛成です。ここ加筆しました)

教育機会確保法案をめぐっては、不登校関係者の間で賛否が分かれる。
「多様な学びの在り方を認めてほしいと、運動を6年続けてきた。やっと形になる」。フリースクールなどを運営するNPO法人「東京シューレ」の奥地圭子理事長は、同法案が成立する見通しとなったことを歓迎した。
「法案では、学校を休むことや学校以外の学びの在り方が大事な仕組みであることを認めている。不十分ながらも一歩前進だ」と立法の必要性を訴える。

一方、「不登校・ひきこもりを考える当事者と親の会ネットワーク」世話人の下村小夜子さんは、法案に反対の立場をとる。「不登校の子供を法律で区別し、学校以外を勧めるようになりかねず、かえって子供を追い詰める」と危惧する。

「学校教育の充実を図り、柔軟に対応できる制度とすることが本筋だ」と話すのは、東京都国立市教育長などを歴任した教育評論家、石井昌浩さん。「フリースクールなどは自主的なもの。最後の手段として例外的に考えるのは必要だが、公教育は学校が基本にある。役割分担をきちんとしなければいけない」と指摘している。

以上です。賛成多数とは言え、共産社民は反対しました。
かなり難しい問題があるので賛否もでます。

実は賛成派も反対派の意見はとてもよくわかっているのです。
小さなフリースクールのブログなので、書いてしまいますが。

反対派の大きな論点はなんでしょう?
共産党議員さんの意見です
法案は「教育機会の確保」を掲げて、学校復帰を前提にしていると指摘。すでに「不登校ゼロ」などの数値目標が導入され、子どもと親を追い詰めているとして、「性急に『教育機会の確保』を迫ることは、子どもの成長・発達を傷つけ、子どもと親を今以上に追い詰める危険性がある」「国連からも高度に競争的な学校環境が不登校を助長していると指摘されているにもかかわらず、不登校の原因を主に子どもの心理に起因するものと定義し、学校の在り方を不問にしている」

どうですか?仰る通りでしょ?

さらに誰が言っているかはともかく「手のかかる子を差別化しながら、その子たちを学校から体よく追い出す策に見える」「そうしていくことで自助努力なしで与しやすい子をキープして何が人間教育だ!」と激しい意見も。

それでも、当フリースクールネットワーク代表も会員スクールも、賛成議員さんたちもまずは今苦しんでいる子に対しての措置、そのための前進を、どんな形でも確保したい本音もあるわけです。

私たちが一番困るのは「学校」「それ以外の学びの場」が対立構造にあるほうが議論しやすいと言う錯覚です。
誰もそんなこと考えていないのです。学校職員、それ以外の場の職員、それぞれ子供に向き合っている人たちは一生懸命、子供や社会の役に立ちたいと考えています。そこが見落とされないために皆が社会テーマとしてとらえていくことに尽きると思っています。


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夕食デーハンバーガーうまくできました!次回は仲間も増えそう?

NCM_4538.jpg 今日は体験期間に入った
 中学女子のSKちゃんも参加
 外運動は元気に全員で走りました。

 大人はこれで一日の使用可能エネルギーの
 半分以上を消費しますのでへとへとです。 

 明日も見学君が来てくれる。 体力が・・・

と言うのは冗談です。夕方からはハンバーガー作りです。買い物と準備開始!
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買い物組がライフに言っている間に準備組は・・・あれ?2人ほど上で遊んでるのかな?
コストコでバンズを大量購入してくれたTK君、お母さんありがとうございました!運ぶための手作り箱も綺麗でした。TK君は「このスクール内でこれを自分の家にする」と言い、入ろうとするわんこに注意していました。「なんじゃそれ」とからかいつつも羨ましそうに見てる子もいました。それが少年と言うものです。 

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ハンバーグを準備しているまにこっちではサイドメニューやトッピングの調理に入っています。

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お、いよいよ形にする作業に入りました。手が汚れるから嫌と言っていた子たちも
状況を読んで、助け合う。頑張れ!(私は触らない)

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焼きます!写真無いけど2か所でどんどん!ついに完成しました。皆、満足です。勘違いわんこが見つめる中おいしくいただきました。この後、すべての子が片付け洗い物に関わり、分担して動けたので、食後のゲーム時間も作れました。
皆、楽しそうに弾けていました!

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ミニ遠足 よみうりランド(友だち作りにどうぞ)

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日時 2016年12月13日火曜 11時30分スクール(中河原)発 20時半終了 
現地参加自由解散OK


会場 よみうりランド

内容詳細 恒例、冬のよみうりランド、スクールミニ遠足です。
交通費、チケット代などはずべて個人負担、往復の電車ゴンドラは皆で行動。
園内では皆で遊ぶ時間と自由行動時間を適宜織り交ぜます。
節約に🍙持参お勧めします。


つまり「友達をつくりたい」「自由な形で外で遊びたい」「フリースクール多摩川
を知りたい」そんなお子様(保護者さん)にも気楽に参加していただけると思います。

昨年までは夜だけでしたが、今年はグッジョバがあるので頑張って昼から行きます!
(雨天時当日8時までに決めます)

スクールでは11月21日(月)夕方からの夕食デー
ハンバーガー作りもあります。500円必要。
外に出て友達作りたい子、どちらも参加可能です!

どなたか、よみうりランドの割引格安ゲット情報あったらぜひ教えてください!

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国、人、行政、皆が考えています。

18日、衆議院文部科学委員会にて「教育機会確保法」に関する質疑と採決が行われ、自民・公明・民進・維新等の賛成多数で可決されました。その後、法案の提案者より付帯決議の案も示され、こちらについては共産、社民も含めた全会一致で可決されました。

まだ書面では見ていないので詳細は書けませんが、
不登校児童生徒が、フリースクール等の場において多様な学習活動をおこなう場合、
その負担の軽減のため、経済支援のあり方を検討して、その結果に基づき、
必要であれば財政上の措置を講ずること。

そもそも不登校を問題行動とみなさないこと、
休むことを認めることが前提であることも盛り込まれてるようです。

ちなみに衆議院HPで委員会の様子は録画を見れます。


なんと言いましょうか、行きづらい子供の権利やその支援の在り方を
すこし認められた気もします。
社会が不登校のことを重要なテーマだと考えているとも言えますね?

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どうして休むことが必要なのか?大人が理解できていると先は明るいです

NEC_0672_20161118075207f40.jpg これは「不登校」のくくりの話ではありません。
 
 つまり学校を休む意味ではなくて
 子供にとって「心」「頭」を休める必要が
 生じる時期についての考え方を書きます。


 純粋で潔癖な時期なので、その方法の
 ひとつとして不登校を選ぶことがありますが
 これまで多数の子供を見てきて感じたのは 
 「いろんなやり方で、どこかでうまく
 心や頭を休めながら、越えている子供の
 方が多いのだろう」とも言えます。

 大人になってからもこの「休むこと」を
 積極的に肯定的に自己コントロール
 できている人は揺れにくくなるように
 思います。

 
純粋で潔癖であることは、俗な言い方に置き換えると「不器用」「応用比較が弱い」「認知が独自」な状態になります。
これは軽度発達障がいのお子さんやなんらかの理由で心?が不安定になっているようなお子さんに極めて多いわけですが。人関わりや集団生活の中で自分と他者とでは認知の仕方が違うので、そこで苦しむことが出がちです。


ただし、その頻度や程度はもとの認知凸凹具合には差があるし、行動的に「おおこれは相手からの違和感でちゃうなあ」と見えていた子もスクールや学校、友人などで集団経験を繰り返すうち、認知凹が成長しますので「そこまで目立たない」ようになれます。
ちなみに認知凸凹は発達障害と診断されない一般児童にもたくさんあることです。(心の状態がアンバランスな子、純粋培養で育った子、幼児性残り過ぎの子とか母子共依存状態の子など)

でも、子供たちは必ず「今、何が話題かと感知するスキル、どう合わせるか考えるスキル」(考え方)は育ちます。
「本人がそれを成長させるのはめんどくさいと感じ、怖いと感じ、やみくもに我を通せる方法だけを模索している環境だと」そのまま年があがり凹のくぼみが埋まりにくいですが、いずれはどこかで必要な事は感じてきます。

例えば、うちの生徒たちは意識無意識の中でそこは向き合っています。それは相当のエネルギーが必要でもあります。なぜにエネルギーが必要なのか?

「おいおい」「空気読めよ」「合わせろよ」「関係ない話すんなよ」「勝手に自分都合だけで動くなよ」のようなことを言われてる、そう思われている可能性があることを凹の中で知ってきているのでそこと戦っているからです。かなりのエネルギーでしょう。そうそう器用に「じゃあ凹埋めよう」にはならない。どうしていいかわからない。はっきり意志出せない。どうも場の論点と自分の感じが違うようだがよくわからない。

だから、以下のような様子もたまにあります。
場にはいるけど、ボーと自分の世界にかい離しておるような間があります。電気もつけずに座り、じっと一点を見てるとか。皆が何かしている場にはいるけど、突っ立っているだけで何も意志出していないとか。そのような状態から急に何かをみつけると自分だけ場と違うことに入りだすのがやけにスムーズ(ある意味ではですよ?)すぎたりとか。

当初はこのような、私たちを「おい君、大丈夫か」と感じさていることを、本人はそんなに心配されるとは思っていないです。でも「なぜか、君はいいからとか、、これは手を出さないで」と言われる。逆に「なぜやらないの」と叱られることもある。ううむ、どうしよう」と感じています。

その中で、少しづつは「自分からは発想しにくいけど、友や場ともうまくやりたい思い」で凹減らしはやってきてるのです。
多くの子がそこの効果がでている自分で改善してきている、この時にはエネルギーもたくさん使っていますので大人が「よしよし!」と思っても「あれ。もう続けないの?」と戻ってしまうことの繰り返しもあります。これも悪くないのかもしれないと思います。

認知の凹が少ない人は「和とはこうあるべき」「相手の誠意をこう感じこう動く」「人は割と周りのことも見えているものだ」と自然にそう思っています。ですが、何かの理由で認知が弱い状態の子にはそこに合わせるのは苦痛でもあるのです。でもそうなりたいとも願っています。

今、生徒のほとんどが「明るくて気持ちが見えて、健康的なこども」です。訪れた大人は必ず「こんなに素晴らしい子がなぜ不登校を選んだの?」と言います。

だからこそ、時に子供たちを休ませる必要を感じます。そうやりながら信じていればいいと思います。

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なんにも気にしないで楽しめるのは一日の中どれくらいでしょうか?

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生徒がここで明るくなっていく、動きが変わってくることを見て、関わる児童にもそれが活かせるのでないだろうか?と市のある部署の人が来てくれています。ここまで当スクールに声をかけてくれた皆さんが、特にこんなところに着眼してくださっているのだろうと思ったことを書きます。

今日は用事、学校、物思い、休息、各自いろいろ、スクールに来ない子がそこそこいたので、人数がこのくらいです。(とは言っても、参加形態はいろいろですから、毎日そんなに多く集っているわけでもないんですが)

写真は夕方のテレビ、タブレットなどのゲームOK時間です。時間制限は当然あります。7歳から18歳います、男女もあります。
台数の問題、ソフトの好みの問題、腕前の差の問題あります。そこをなるべく生徒通しで調整するんです。それはゲーム以外のことでも生きてくる、いわゆる社会性の一部とも言えるだろう、というのが大人の目論見です。もちろん、その中で皆が安心して成長しいてくので効果が出ているのは間違いないです。時には「そのゲーム自体は自分的にはそんなに面白くないけど輪が楽しい」「そのために社会通念上のお約束行動も必要かなあ」など、ハードルの高い感覚芽生えもあります。遊び以外の面にもそれを応用出来ている子もいます。

ただし、なにしろ、純粋、一途、潔癖、不器用などのキーワードを持つ子供たちではあります。だから良いことばかりでもない、この10人前後の輪でも気疲れやもどかしさ、気後れなどを感じることが一般的な児童の何倍もある、これは特徴的なんです。決して本人の努力不足でもない、親御さんが不適切な教育した訳でもないんです。

だから、上の写真にあるようなことが生まれてくると私たちはとてもうれしいのです。
私がちょっと怖い謎解きゲームをパソコンにダウンロードしたのですが、1人2人と食いつく。3人目からは主導権は子供たちに。
他のゲームをしている子も画面を覗き提案などし始めます。相談しながら交代しながら謎解きが進んでいきます。わくわくしています。。この時間帯は誰もがなにも気にしないで楽しんでいます、同時に人の気持ちも侵さない、輪を大事にするほうが楽しいとも無意識に思っているんです。(たぶん)

比較的器用な子(強いて言えば學校に馴染める子など?)は、大人と同じように自分で「何も考えないで楽しむ時間を作るスキル」のようなものを持っていますが、不登校になっている子、生きづらさを感じている子はそれは苦手です。それを集団が気遣い、自分が特別扱いにされた恐怖心なども加わり「なんにも気にしないで取り組める」ことは自己コントロールしにくいんですね。

なんのためにフリースクールがあるのか?確かに私たちも社会スキル育成、集団スキルは必須と謳います。でも、このような(こどもが何も気にしないで動ける)時間も用意できることが本当の意味での存在価値と考えています。

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親の責任だと誤解されることがない世の中に

NCM_4426.jpg 不登校のお子さんの中にも居ますが・・
 発達障がいとはどんなものなのか?
 多くの関係者支援者の説明が浸透して
 きて、かなり社会理解は進みました。 

 でも、そうは言っても人間、何十年もか
 けて培った自分の常識を簡単に崩せ
 ないのも事実でして、生きづらさに悩む
 子の味方であるべき人の無理解、偏見
 は依然として多いとも言えます。

 特に悲惨なのは・・・

「親の育て方が悪いからこうなっている」「家庭が悪いからだ」と言うとんでもない誤解が生じやすいことです。
それで子供はもちろん、親御さんも精神的暴力に近い責めを(親類、友人、教師)から受けてしまうことも、まだまだ多いのだろうと思うのです。

これだけは絶対にあってはいけない事です。

そもそもは「認知や発想に鋭いところと感じにくいところがある(凸凹)があるだけ」なのに、それが凸凹が無い人からはその仕組みがわからないので「なぜこの子はそんなに自己中?邪悪?狡猾?人に気を遣わない?」「そんな風になったのは育て方の失敗だ」と責めたくなってしまうわけでしょう。

ちなみにこの周囲無理解については3つの問題があると思うのです。

1、周囲の誤解を親御さんがその通りだと受け止めてしまう場合、かなり自分を責めます。すると子は全ての人からの無理解状況になり窮します。

2、反対に親御さんが勉強、研究してお子さんの状態を理解できても、周りの無理解対応に疲れ切ってしまい、知らぬ間に開き直ったような形になると、子供さんの理解支援者が増えにくいので、やはりお子さんは窮しやすいです。

3、そもそも凸凹は人間、誰にでもあります。凸凹差が大きいとき発達障がいと診断されるわけですが「そんなには大きくないけど人かかわりで困るレベルの凸凹、診断名はつけないけど支援理解が必要」いわゆるボーダーですね?
この場合の本人、親御さん、周辺の人の「受容や理解の求め方」は正解が誰にも示せないような所があります。軽度発達障がいでは、多くのケースではボーダー範疇に評されることは多いです。平たく言うと「ある人は発達障がいと認識してある人はそうではないと考える」わけです。でも、それがお子さんの不安や困り感が蓄積する要因にもなっていることが時に見られます。

いずれの場合にも(言葉的に嫌なんですが)お子さんは2次的障がい状態になりやすいです。
つまり本来の凸凹の困り度ではなく、もっと複雑で自害他害が目立つ状態です。
私たちがよく「お子さんは集団ではこうなっています」「家とは違うでしょう」「客観は受け止め、凸凹をゆるやか認知させて」と言うようなことを説明するのはすべて2次的な兆候についてです。「2次的な困り感を払しょくさせる対応は家でも必要ですね」とも言うのでボーダーの場合、話がややこしいんですが。(上記の1,2、3のどれかで言い方は考えます)


なにしろタイトルにあるように「親御さんが悪いんじゃない」が根幹です。「見た目ではまずわからないので、凸凹を悪意に誤解されやすい」「育て方の失敗などと言われやすいがまったく違う」これだけは何としても世間に認識させたいですよね?


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家の不満、親の悪口が言えるようになるのはいい傾向、でも内容が正しいとは限りません

NCM_0282.jpg 私たちはよく保護者さん
 に、よく「子供が家の不満や
 親御さんの悪口?をこぼす
 ようにのはいい傾向です」と
 話します。

 なぜそう見ているのか・・・・
 子どもがそこまで場や人に
 安心してきたこと。
 表現する勇気がでたこと。
 年齢的に誰もが思うような
 ものを自然に感じてきたこと。
 純粋培養の殻から抜け出していること。
これらを見ています。
 
困り感の強い状態のときには訳がわからなくなり、その恐怖心を「家や親に依存同化することで解消する」ので、余計に外世界との
関わり耐性が弱くなっていくことが目立ちます。自分の家庭がスタンダードだと言う感覚を残しながら年齢があがることにもなりやすく、他との関わりでさらに困り感が高まることも少なくないわけです。

でも、タイトルにあるようなことを意識できる段階になると、家こそがスタンダードだと言う認識が崩れ、客観性や比較力が出てきたことになります。年齢なりに誰もが持つ自然観が芽生えたことになるわけです。
 
さて、私たちはこの話をする時、誤解を招くといけないと思い注釈する事もあります。
それは「子供の話の正誤性はそこまで問題ではない」「そもそもこの年代は不安脱却や甘えとの闘いを始める、大げさに言ったり都合よく言ったりしながら自己矛盾と対峙してなんとかしていく」「客観比較が正しいことも、家を悪者にしている言いがかり的なことも混ざるのは当たり前」「青年期などは互いの家の悪口自慢もあるものだ」というようなことです。

それらは支援側もわかっていますよと言うことを親御さんにお伝えしていないと、児童少年期の揺れをそのまま大人たちも受け止め、一緒に揺れ揺れになってしまうこともある得るので・・

もっとも、実際は当スクール保護者さんはここは大丈夫でして、生徒から心地よい悪口が聞けています

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夕食デー、ほどよく分業できました。

NCM_4475.jpg NCM_4478.jpg
今日は生徒が作るスクール夕食デーでした。これが完成した餃子とそぼろ2色丼です。
皆、うまいこと分業もできたし、自分から仕事を求め動くような感じも出ていまして、かなりの満足度と満腹度で片付けも張り切っていました。

NCM_4456.jpg
 包丁大好き人間は
 ひたすら野菜カット。

 夕食デーもこれで○回目?
 だいぶ慣れてきて
 まるで職人技のようです。

 もちろん交代もします。


NCM_4465.jpg  NCM_4470.jpg
これだけは自信があると言っていた小学女子、確かにうまいな。隣の男子が気にするかと思ったらそんなことはなく、かなり集中してどんどん作っています!
 
NCM_4459.jpg  NCM_4481.jpg
こちらではひき肉こねこねをやり終わったあと、チョコパイ風餃子仕込み、ピザ風仕込み、炒り卵、そぼろなど、着々と進めていきます。大した集中力だと思います。出来栄えにも満足したようでよかったです。

今回は仕込みに時間がかかるので、途中、皆で食べながらにしました。通常はこうするとだらけてしますのですが、なんと誰も本線から外れず仕事をこなしております。すばらしい。

そういえば、「分担」「協調」などを身に着けだしたのか?買い物前の米とぎでは「リレーみたいにしてすこしずつ砥いでいる」のを見て吹き出しそうになってしまいました。いい光景ですねえ


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さあ、初餃子うまくできるかな?(そう言えばお初わんこもいます。)

写真がボケていますが・・・
NCM_4410.jpg
7日の子供が作る夕食デーは餃子つくりです。1週間前からレシピを張り出してありますが、実は大人が一生懸命見ています。
大人は餃子を作ったことないんです。まあ、生徒の中には経験あるように言ってる子、変わり種を紹介してくれる子もいますので、どたばた楽しい会になると思います!

別の壁に張り出した各自の苦手な食べ物リスト、「知らないうちに食べていたのでリストから消す」今回も出るかな?

フェイスブックに載せましたが今日ピーはカットしてきましたよ!お初です。写真載せておきますね?
NCM_4420.jpg

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保育教育は子供との闘いだ!と言う意見

NCM_4385.jpg これはバトミントンのチーム分け?
 地面にあみだくじを書いていますね。

 ほのぼのします。
 
 昨日、フェイスブックに「漢字に慣れ
 る目的のウノみたいなゲームに生徒
 たちが食いつた、学習嫌悪のような
 感覚のある子は多いので継続できる
 か不明、手を変え品を変えです。
 いつでも、知らない間にプチ学習す
 るような投げかけは考えています。」

という記事を書いたら、(当スクールにしては)結構の数の方に見てもらえました。

昔、ある保育現場でスタッフと保護者さんが話をしている時、1人の(子供に人気のある)スタッフが「保育は子供との闘いです」と言いました。これに対してある保護者さんは「子供をずるいとか邪悪とか、手がかかると言うように見ているからそう話すのだ」「そんな言い方は上から目線であり子供を人として見ていないことになる。横暴だ」と抗議されました。 

確かに闘いが悪いイメージに聞こえなくもないです。でも闘いという言葉が子供個人を攻撃することを指すとは到底思えないし、子供が(悩み、喜び、揺れ、こだわり、気づき、成長など)でいろんな面を出すのが少年期青年期です。子供と対等な位置で、そのいろんな面と向かい合いながら、大人も考える、悩む、成長もする、そして導く、それが闘いと言う言葉で表されているのかと思いました。

これは家庭育児で親御さんが思うことも同じでしょう。なので前段の抗議はそこにいる保護者さんの中でおひとりから出ただけです。まあ「保育とは子供と寄り添い、いろいろな面を感じ取り、一緒に考えて行く闘いだ」とでも言えてれば誤解もなかったのかもしれません。すみません。結局「誤解されない表現工夫の話や言葉は難しいという話」になっていますね?。

NCM_4403.jpg こちらはその漢字ゲームです。
 年齢差、不登校等による積み重ね
 の差、個人的な得意苦手の差、
 人に見られたくない意識の差

 いろいろな事情がある。

 なので、特に間接でも学習の
 雰囲気がするもの、手先の
 動かし方が基本になるもの
 これらに対しては
 「小動物みたいにサッと」
危機察知?逃避願望?のような思いがよぎるのは仕方ない状態の子もいます。
その時に場の気配が揺れることが多いです。平気だった子がつられ気味になることも。
 
それでも、このゲームは各自集中できました。知らない熟語の意味を互いに教え合ったりこっちに聞いてきたりもして、自然学習できています。「漢字やって来なかったからわかんないんだよねえ」と言いながらの子も。大事です。そこから道が。

まあ、緊張が続くのも考え物ですので様子を見ながらです。
まだまだオリジナル知らないうち間接学習ゲームはあります。
もちろんツールがなくても場が何かと学習になっています。ずっと闘いです。


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同じような思いを持つ人。たくさんいます。

ここまでいろいろな方に出会えました。形はいろいろですが、皆さんの「すごい活力、ひたむきさ」に感動させられることもあれば「「さらりと自然に動く姿」に感激させられるようなこともあります。

はっきりと○の支援応援、○の環境を改善、○の権利を守るなど、目的意義を明確にして作りあげる、進むものもあるし、目的意義はあまり謳わなくても、係るすべての人が相互に触れ合い、自分なりの場の意味をほんわりと感じていくようなものも多いのだろうと思っています。いずれも集う人の根本に「社会のあらゆる人が仲間、共存者だ」と言う思いがあると勝手に思っています。
同じような思いがあると感じあえる方々、今回は2つのグループの最近の様子紹介です。

まずはこどもの居場所作り@府中さんです。毎回、盛りだくさんの食事、楽しい活動を。
子供だけでなく地域の型、ボランティアさんなど集う皆さんで楽しんでいます。地域に役立つ、皆のための場所になりつつあります。これ今の世にとってすごく大事でしょうね?

ちなみに当スクールの活動「生徒が自分で作る夕食デー」はメニューも少なく、バタバタしていましてかなり差を感じますが。
しかし、バタバタの中での生徒たちの明るさ、出来栄えや味に対する満足顔はもちろん、(比較的不登校の子にとって苦手感が多い)自分の役割を自分で見つけること、仲間と協力し合うこと、さらには明確に先の動きが読めないときの不安耐性をつくるなどの効果は出ていますので、これも意味ある事です。

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HPです

こちらは来年、多摩地区で児童発達支援の団体を起ち上げるコロノアさんの様子です。今、都認可や市との協議などに忙しいようです。この写真は代表が「つらいけど頑張ります!」とつぶやいた研修会の様子です。

お仲間のHOIKU BATAKEさん(保育士と事業者が作るネットワーク)、NPOアピュイさん(島田療育センター家族支援を引き継いで きょうだい支援「えんどうまめの会」子どもの発達に心配のあるお母さんたちのサロン「ひだまり」学習支援「寺子屋ぷちそれいゆ」を展開)と連携して、社会にとってとても存在感意義のある団体になると思います。

ころのあ
HPです

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発達障害、明るくて愛すべき発達凸凹に戻すのは他人とのかかわりがポイントに

NCM_1259.jpg タイトルのお伝えしたい内容ですが・・
 杉山登志郎医師の本を紹介、
 解説している方の記事を引用させて
 もらいます。とても分かりやすいので。
 (半分は引用、半分は私が書いています)
 
 杉山医師は児童青年期精神医療、
 発達障害等の研究の第一人者で、
 不登校とひきこもり、選択性かん黙、
 強迫性障害、うつ病と双極性障害、
 気分障害、統合失調症、多重人格、
 大人の発達障害、母子アスペ問題、虐待、いじめなどの関連研究本をたくさん世に出しています。

(偏見や差別を生むのであまり表には出さない話題。。。)上記のような状況にあるとネグレクトや虐待が生まれやすい、それは誰が悪いと言うものではないのだから、しっかり理解して支援しよう。と言う意味で杉山医師は児童養護世界にも深くかかわられています。私も養護施設勤務時代にお話を伺ったことがあるのですが、とても人にやさしい説明をしてくださりました。

さて、研究で発達障害とは?こう表されています。
発達凸凹 + 適応障害 = 発達障害


発達凸凹とは、認知の高い峰と低い谷のことを指しています。

「一般的な子がすんなり理解する話や認知できる事柄が同じようには認識できにくい子」「簡単に想像できそうなことに気がつけない子」「必要な伝達方法や意志表現を思いつかない子」などと見え「あれ?」と周りが驚くことがある。主に7,8歳までに「あれ?」が目立ちはじめます。

乳児期、幼児期では、かれらはまだ発達障害ではなく、発達凸凹であるといえます。
でも、年齢を重ねるにつれ、環境とのかかわりのなかで、適応障害を起こしてきたとき、発達凸凹は発達障害になります。

適応障害を起こしていない発達凸凹は、マイナスとは限らず、特異な才能を伸ばせば、社会に大きく貢献する人材になります。
貢献は大げさでも一般的な生活の中でやっていける、好かれる、頼られる、助けられる、他人と互いを尊重しあう生活はできます。

適応障害を起こしてくるおおきな憎悪因子がトラウマだ、というのが、著者の考えです。

それはそうですよね?上の「  」の項目で一般的な人が簡単に認知や表現していることが理解できていないのに、それを悪意の結果のように責められるのですから。「どうしてわかんないの?」「何考えてるの?」「普通はさあ・・・」「空気読めよ」など言われ続けるのですから。この「普通」と言うワードは多くの子にトラウマを芽生えさせているケースは多く見ます。(大人でも、そのワードを言われ激しく怒る方も少なくないです)

発達凸凹を持つ子どもの場合、特に暴力的な支配関係の家族に育てられなくても、つまり、ごく普通の家庭で育っていても、その知覚過敏性や認知凸凹から、周りの世界はとても怖い世界で、不意打ちや秩序の混乱がしょっちゅう起こり、トラウマという視点から見れば、被虐待児に似た状況だということに著者は気づきました。被虐待児に行ったのと同じトラウマ処理の治療を行うと、フラッシュバックがなくなり、適応状況がよくなる例がたくさん出てきたのだそうです。ここですね?

発達凸凹を抱えて生まれてきたということが、そのままストレートに発達障害という現象に結びつくのではなく、生育の中で受けた心の傷が脳の生育を妨げ、発達障害やうつに発展するという説明は、とても説得力がありました。発達凸凹自体は悪いことではなく、むしろ長所として活かすこともできるのだということです。

なかなか専門的なのでわかりづらいかもしれません。

要は・・・・元からある凸凹と社会生活困り感のある発達障害とは分けて考えましょう。

家族は(本当は保護者さんはすごく勉強していて我が子が困らないようにあれこれ思案しています。でも家族の慣れがあったり似たような性格があったりするので)すべて凸凹と判断したい思いが生じることが多いのも確かです。(すみません)
子どもが凸凹があるね、でも良い子だね、仲間だねで済んでいるか、自分も周りも困っている発達障がいとして見るべきか判断は外社会、他人のとのかかわりが目安になるでしょう。

もし発達障害まで至っているなら凸凹段階まで戻れる子供の安心環境、子どもの自覚、周りの理解支援が大事だ。
つまり発達障害までに至ったトラウマや不可思議な代償行為の誤学習を外させることも外社会、他人の理解支援が必然なのです。ある程度、安心できる外環境、信頼できる他人との関わりが培えると、子供は自己の認知の独自課題を受容しはじめます。それを重ねるうちに凸凹だね、でもいいよね、認め合えるねの人間性も加味されてきます。

ここに書いたことは不登校児童の中にもかなり当てはまる子がいると思います。なにもフリークスクールに限りませんが、外社会、他人とのかかわりの中で単なる凸凹までに戻すこと、これは大きいと考えられます。そこから安心して「どう治すのか」ではなくて
「どうすれば凸凹で他とうまくやれるか」を一緒に考えることが大事なのだろうと思っています。もともとが明るくて素直で正直な愛すべき子たちです。


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プロフィール

とびたくん

Author:とびたくん
府中のフリースクール運営しています。児童養護施設職員、学童保育指導員、主婦、不登校ひきこもり経験者、保護者、元教師、大学生が仲間です。私も家族が障害に悩み不登校になった経験があります。「学校」に囚われず、フリースクールのほうが合う児童がたくさん居ると思います。学習、遊び、ゲーム、料理、イベント、わんこの触れ合いなど、安心できる場。同じ空間の住人と認め合う、何かしたくなる、知らぬ間にリズムや社会性が身につくのが理想です。安心や自信をつかんで復学した子もいれば、将来にむけて今はじっくり過ごしている子などさまざまです。自由です。皆で通じ合いましょう。
NPOフリースクール僕んち、NPO調布青少年の居場所Kiitos、NPOフリースクール全国ネットワーク、一般社団法人 発達心理ライフケア協会の皆様にご協力、ご指導いただきながら、生徒会員や保護者のみなさんと頑張っています。
お問い合わせメールはfreeschooltamagawa@vesta.ocn.co.jpです。

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