FC2ブログ
府中駅徒歩5分(多摩地区) NPO法人フリースクール多摩川 不登校支援
                         育児、学童保育、児童養護施設など集団の中で悩む子どもを見てきました。疎外感を持つ、空気がつらい。発達障がいや心的ストレスを理解してもらえない。皆、居場所や仲間を求めてます。 府中市府中町2-18-17。℡042-319-0408。http://freeschooltamagawa.net。リンクからも行けます。

強制されている感「100ゼロで嘆く安心する」ではなくて。80、20の感覚も出ると

7月半ばから「俺はやっぱ学習もするわ」と宣言したSH君、数学ドリルはすでに50ページに差し掛かります。他に歴史や漢字もやる日があるので、かなりの進み具合です。ちなみに、彼はやると宣言するまでは、つまり夏前まで「やる気にならない」「忘れた」と言い、もちろん、生徒の自由でもあるので、実際、それまでは間接学習しかやっていませんでした。

多少は「やるかどうか自由、やるならスタッフとやるか自習かも自由」「でもこの時間は、やらないなら読書等して基本、机にいてね」と言う「嫌がる子からすれば、それは強制に近い感覚」も伝えています。子供は100ゼロで処理しますので「やらされたくない」「じゃあその時間は意味ないから来ない」なんてことも、かつて皆にありがちでした。(今もそうなる子もありますが、まあまあ)

それが、いろんなきっかけで「100強制されているわけじゃない」「100嫌なわけじゃない」「本当は・・なんだけど」「でも見られたくないしな」「積み上げのない劣等感は表わしたくないんだわ」「20、30はやったほうがいいんだろうとも思う時もある」「20,30は自分は被害者でもないことが認識できる」ことがわかってくるようで、その段階からは(学習に限らず)「自分でやります」「一人でもやります」と言う感じに変化します。人によって時間のかかり方はいろいろです。また、これは聞きたくない事でしょうが「好ましい強制?で子供に働きかけるほうが早く変化した例も少なくないです」

さて、ここに書いた以外にも個々にいろんな事情があるはずなので、全部こうだとは言えないのですが、でも、今回紹介した生徒に限らず、はじめはそうでも、「今は大学言っている子、高校卒業した子、高校通っている子、在籍小中に顔出したりしてる子、近所の友と触れ合っている子」その多くは、当初は100ゼロのツボにはまって「動けない」「動かない」「その理由を大人びた言葉で説明をするが、なんか表面的」だったものが変化して来て、最後は結果につながっていると思います。


まだらこしい、私の観察ですが。言いたいことは。
100受け身」だと「自発0」みたいだと言うことです。
「100受け身」だから「100強制被害意識」になるのかも知れないなとも思うんです。
一見、自発的に動いている事柄は「誰かに対してとか何かに対しての要望や批判がほとんど」で、実はこれ自分からは動いていない受け身行動なんです。「要望や批判等」が出せる対象がないとダメ、つまり受け身ですね。また、友や大人にも積極的に自分から歩み寄っているように見えることもありますが、ほとんどが「自己想定の反応する相手を作るため」だったり「その相手をツールにして自分が動くため」なので、やっぱり「自分はこうする、ついて来てもいいよ、ついてこなくても自分はやると言っているわけではない」だから、これも自発0な感じなのです。


なので、この状態の子は「君の自由にしていいよ」と言われても、ほとんど個人の望みがないです。文句は言える、人を使って望みを果たすことはできますが、一人ででもやりたいことが見つからないんです。見ていて、この状態の子はかなりつらそうです。特に他の子が100ゼロから変化していくのが見える場では、相手役が減っていく、だから余計に困り、もっと0になってしまうこともあります。他の子たちがすでに70対30で動けるから、本音はたいして面白くない内容でも、協調行動が心地よく感じられるから、彼らは集う、このような場面では100ぜロ状態の子は「信じられない」「馬鹿じゃないの」など批判してしまったり、自分だけ離れてしまったりします。でも受け身状態なので本当の一人になれない。だから絡む相手探しは常にやっていますが、そうそう思うとおりに動く相手はいない、なので、だんだん疲弊していきます。結果的に「じゃあ一人で家に居るほうがいいや」・・となる典型です。すさまじい数だと思います。(推測)

彼ら彼女らを傷つける言葉、引きこもらせる言葉「君、自分がないんだよ」「どうしたいの?」「文句だけ?」[甘えん坊だねえ?」です。ここが落とし穴と言えるかなと思いますだって・・・本来なら少年や若者に自分がない、どうしたいのかわからん、狭い判断、理想しかないんだから文句ばかりにもなる、自己否定もうずうずする、だから誰かや何かをツールにして、なんとか自己を表そうとするのは自然なんです。そして大人も自分が通った道だからそこはわかっていて「後押しの」「励まし」「気合を入れる」「過保護に依存するなとアドバイスする」意味を込めているのです。それは対応として正解なので大人にも罪はない、と言うかその子に対して肯定的で期待しているわけです。でも何が落とし穴か?
ある子にはそれは「責め」なんです。全体と自己の比較の仕方に特性のある子には「悩む余地を与えない圧力」なんです。何がなんだかわからないような感じなのかと思います


フリースクール、不登校、施設だけではなく、こうした状態になっている子はものすごくたくさん居ます。
乱暴に言うと「来た当初はほとんどこうだった」と言う子が多いです。

でも、個人差はありますが、時間をかけて多くの子が100ゼロから変化して、70対30も感じる、そして前述した「自発行動」「自発協調」をするようになるわけです。
たぶん、その頃は「世の多くの人はほとんど受け身であること」「でもそれを100ゼロだけで処理しないこと」「たまに勇気を?出して20、30の自発も出すこと」が体が理解してきていることも表しているのかなと思います。
蛇足も言います。「強制されると言っても、質的にウエルカムなものもあるのが社会か」「自分の納得もないけど誰もが納得まではしていないかも」などとチラチラ感じだすのが青年期です。


にほんブログ村 子育てブログ 不登校・ひきこもり育児へ
にほんブログ村
にほんブログ村 押していただくと嬉しいです。  
        
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

プロフィール

とびたくん

Author:とびたくん
児童養護施設職員、学童保育指導員、主婦、保護者、元教師、大学生が仲間です。私も家族が障害に悩み不登校になった経験があります。「学校」に囚われず、学習、遊び、ゲーム、料理、イベント、わんこの触れ合いなど、安心できる場。同じ空間の住人と認め合う、何かしたくなる、知らぬ間にリズムや社会性が身につくのが理想です。安心や自信、仲間を得て、大学に進んだ子、中高復学した子、学校併用の子。さまざまです。NPO調布青少年の居場所Kiitos、NPOフリースクール全国ネットワーク、一般社団法人 発達心理ライフケア協会の皆様にご協力、ご指導いただきながら、生徒会員や保護者のみなさんと頑張っています。

2017年には教育確保法が成立、フリースクールは学校と同じ扱い、つまり学校以外の子供の教育の場と認められました。しかし、まだ国から財政支援が得られていませんので、運営側と保護者の負担が大きいままです。皆さんで国や社会に訴えて、本当の教育無償化を目指しましょう。

 →スクールのパンフレットです1  →スクールのパンフレットです2

最新記事

リンク

カテゴリ

最新コメント

メールでのお問い合わせ

フリースクール多摩川のアドレスに送信されますので、他の人には 見えません。

名前:
メール:
件名:
本文:

メールの欄は貴方のアドレスを入れてください。

月別アーカイブ

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

最新トラックバック

アフィリエイト