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府中駅徒歩5分(多摩地区) NPO法人フリースクール多摩川 不登校支援
                         育児、学童保育、児童養護施設など集団の中で悩む子どもを見てきました。疎外感を持つ、空気がつらい。発達障がいや心的ストレスを理解してもらえない。皆、居場所や仲間を求めてます。 府中市府中町2-18-17。℡042-319-0408。http://freeschooltamagawa.net。リンクからも行けます。

(例)ASD、特にAS。より一般に近い人ほど人から誤解されやすいのでは?

昨日の続きと言うべきか、昨日の裏付けと言うべきか。とにかく書いておきます。
今更私が説明するまでもなく、ASDとは健常から障がいまでの連続体のどこかになります。本当はどっちが数値が上と言う表現は好ましくないのですが、わかりやすくするために健常が100、著しい自閉、発達障がいを0と表したとします。(あくまでも数値は適当な計りです)それで、これが例えば20、30の場合には単純に当人にとてつもない困り度があることが見えますので、とことん思いやって当たり前、50,60でも「かみ合わないなあ」「この人、はじめ何を話していたのか覚えているのかなあ」「題材が擦り替わるなあ。どこがこの人が言いたいポイントなのかな」とか感じ、でも、そのあっけらかん度とこっちに対する好意的な態度を糧に「なにか発想や気づき、こだわりが違うけど悪意はない」と見ます。(ただし対等に見ているのかどうかは怪しい人も出ます)

ところが多くのはっきりしないけど常に何かと困り度を感じ、うろうろしているASD傾向の方は数値で言うと85から95だと思うんです。(あくまで見てきた中での個人意見ですが)つまり人関わりやら協調やらで、おおむね何も相手を不審がらせないで動けるわけです。なので、周りはそう安心して「自分と同じ発想、感じ方をするだろう」とその人を見ていると、ある時、本人から、当人の中の5とか10とか15にだけ潜んでいる不可思議を見せつけられる、「えー?」「なんで?」「85はなんのためにあるんだ」「ポーズだったのかよ!」と言う感じにとってしまうのが100側共通の弱みなんです。ここが切ないわけです。ここで当人が自分で説明する応用力、創造力があるといいが、それが10だか15の中にある場合も・・・・。

もっと具体的に言います、これまで十数年見てきた例でだけの個人意見です。くどいですね。

1「人の話が終わるかなり前、つまり、まだ人が話している時に自分が話し出す」

2「人の意見に同意するイミングに、相手の言葉をおうむ返しに利用して、自分の意見みたいに言い出す」

  (この2つはかなりの典型として出てきます。比較的相手にムカッとされます。)

3「話し手が、例えば、まず否定、そしてそれを利用して肯定したいものを際立たせたい時など、2つ以上のことを絡めて導入から 結論まで話そうとしている時、一つ目の言葉に反応して相手の話を最後まで聞けない」これは会話だけでなく会議や授業や長い説明やメール、果ては皆でテレビのクイズ見ている時などでも・・・目立つ例です。(結果、双方の言い分はもっともなのに、じわじわと阻害関係が漂う案件は多いです。)


これらは実はレベル80以上の人が落ち着いている時には出てこない癖なのですが、ひとたびそれが出ると、80までで過ごしていた社会性ある本人との差が激しく見え、却って50までの人より悪意にとられやすいケースなんです。どうしてだかはまだ勉強中の私にはズバリはわからないのですが、レベル80以上の人の方が誤解されやすいと感じています。もしかしたら「頭が良いけど応用力や比喩力が弱い」から、早く結論つけたい、わざわざ人の言葉を言い換えるのが無駄に見えるとか、誰が話しても答えは一つだみたいな感覚がある、一度に複合要素を処理するのは潔くないと思う、いや焦る?などかも。だから、早めにわびさびがないようにでも、とにかく受け答えてしまうのかしら?ゲームがやたら強いが、なんだか一緒にやっている人が楽しくないなんてのも同じかも。とにかく聞いている人。一緒に居る人が残念がることだけは間違いないんです、いつもの姿(80以上)普通と見えるから。

でも安心してこう考えてください。もともと80とか90までの認知の土台があるのです。残りは結構パターン化されているのです。渡る世間も相棒も水戸黄門も2,3のパターンしかないのにそこにエッセンスを加え何十話になっているだけです。なぜそうなるかの理由を探すのも大事ですが、生きているんです。進んでいくんです。パターンで処理することもありなんです。実際、そうやってそこを常に気を付けながら営業をやっている人、接客をやっている人が好成績を上げていることもあるんです。(注)3つ覚えればいいのではないです、3つしかベースが無くてもそこに抑揚エッセンスが加味されると何十ものパターンになるので、それを外で時間をかけて知覚を増やすと言う意味です。

唯一の懸念は被害妄想です。でも、この被害妄想は2次的な意識なんです。周りが産ませてもいるんです。周りも神ではないので
「えーなんだよそれ」と嘆きます。仕方ない。だけど15を10にしようとしている姿は絶対にわかりますし、人間なんて身勝手ですから、それこそ、お約束をやって、自分を不安にしないようにしてくれれば大歓迎くらいに取っています。

最後はひねくれた言い方になってしまいましたが、多くの方がたった10から20のことを70,80の問題点だと誤解されるのは絶体におかしいし、ましてや当事者が被害意識を持ったら80が20にもなりますよ?とだけ言いたいのです。(でも上の3つは本当に目立つ、普通に生きている人ほど目立ち、ある時点から進めなくなる要因ですので、苦しくてもパターンで克服することだけはお勧めしたいです。もちろん。「安心の人関わりができる場」でベースとエッセンスを加えて何パターンも認知していくことで、89が90になるとかは、現場ではよく見えています。)

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とびたくん

Author:とびたくん
児童養護施設職員、学童保育指導員、主婦、保護者、元教師、大学生が仲間です。私も家族が障害に悩み不登校になった経験があります。「学校」に囚われず、学習、遊び、ゲーム、料理、イベント、わんこの触れ合いなど、安心できる場。同じ空間の住人と認め合う、何かしたくなる、知らぬ間にリズムや社会性が身につくのが理想です。安心や自信、仲間を得て、大学に進んだ子、中高復学した子、学校併用の子。さまざまです。NPO調布青少年の居場所Kiitos、NPOフリースクール全国ネットワーク、一般社団法人 発達心理ライフケア協会の皆様にご協力、ご指導いただきながら、生徒会員や保護者のみなさんと頑張っています。

2017年には教育確保法が成立、フリースクールは学校と同じ扱い、つまり学校以外の子供の教育の場と認められました。しかし、まだ国から財政支援が得られていませんので、運営側と保護者の負担が大きいままです。皆さんで国や社会に訴えて、本当の教育無償化を目指しましょう。

 →スクールのパンフレットです1  →スクールのパンフレットです2

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